――翌朝。学校へ行く支度を終え、朝食を済ませたわたしはダイニングで紅茶を飲んでいた母に声をかけた。

「……じゃあ、行ってきます。ママ、パパのことは任せたよ。連絡待ってるから」

「ええ、分かった。行ってらっしゃい」

 史子さんが用意してくれていたお弁当の保冷バッグを持ち、スクールバッグを提げて家を出ようとしていると。

「絢乃、制服のリボン曲がってるわよ。直してあげる」

「あ……、ありがとう」

 母は手慣れた手つきで、わたしの胸元の赤いリボンを直してくれた。
 クリーム色のブレザーの制服は東京中の女子中高生たちの憧れらしく、初等部から唯一変わらないこの赤いリボンは茗桜女子の生徒たちのお気に入りなのだ。もちろんわたしも。ちなみに母もOGなのだそう。

「……はい、できた。行ってらっしゃい。里歩ちゃんによろしく」

「うん、行ってきます」

 父のことはもちろん心配で、付き添いたい気持ちもまったくなかったわけではないけど。自分で「学校に行く」と決めたので、母を信じて連絡を待つことにして家を出た。


   * * * *


 里歩との朝の待ち合わせは、初等部に入学した頃からの習慣だった。里歩の家があるのが新宿(しんじゅく)で、京王(けいおう)線への乗換駅も新宿なので、自然と京王線の新宿駅ホームでの待ち合わせになったのだ。里歩は中等部からバレー部に所属していたので、朝練がない日限定だったけれど。

「――あ、絢乃! おは~!」

 待ち合わせのホームで元気よく手を振ってくれた里歩に、わたしも少し元気を取り戻した。身長が百六十七センチもある里歩は、同じ制服を着ていてもスカート丈がわたしよりちょっと短くなる。わたしはきっちり膝丈だ。
 彼女はショートボブにした髪型と長身のせいで、制服を着ていなければ時々男の子に間違われることもある。

「おはよ、里歩。待った?」

「ううん、あたしも今来たとこだよ。今日来なかったらどうしようかと思った」

「昨日の電話で『行く』って言ったでしょ。何の心配してんのよ」

「そうだけどさぁ。――絢乃、昨日は大変だったね」

「うん。まさかパパがあんなことになるなんて……」

 父が倒れたことはショックだったけれど、なぜか思い出したのは貢のことだった。

「でもね、悪いことばっかりじゃなかったの。実は、昨日の電話では言わなかったんだけど、ちょっと気になる人ができちゃって」

「ええっ⁉ マジ? どんな人?」

 わたしが頬を染めながら打ち明けると、里歩が前のめりに食いついてきた。