オフィスへ向かうクルマの助手席で、わたしはため息ばかりついていた。

「――会長、今日は元気ないですね」

 そんなわたしの様子を気にかけ、運転席から貢が労わる言葉をかけてくれた。

「うん、まぁ……ね」

「もしかして、会長もご覧になったんですか? SNSの、あの書き込み」

「…………もしかして、貴方も見たの?」

 彼はわたしの長い沈黙を肯定と受け取ったらしく、「やっぱりそうでしたか」と頷いた。

「はい。僕だけじゃなくて、お母さまもご一緒に。お母さま、もうカンカンでしたよ。『今すぐ阿佐間先生に連絡して! こんなヤツ、訴えてやる!』って鬼の形相で。〝怒り心頭に発する〟ってこういうことなのかと思いました」

「へぇ……」

 もしくは〝怒髪天を衝く〟も可だろう。……それはさておき。

「……何か責任感じちゃって。ごめんね、桐島さん。わたしのせいで、貴方がこんな目に遭うなんて」

「会長が責任を感じられることはないでしょう。僕なら大丈夫ですから。あんな誹謗中傷、痛くも痒くもないですから」

「え? ホントに大丈夫なの?」

「ええ、本当です。僕のメンタルが強いことは、会長がよくご存じのはずでしょう?」

「…………そうでした」

 わたしは思い出した。入社二年目からのハラスメント地獄を、彼はずっと耐え抜いてきたのだ。精神的にタフでなければ、彼はとっくに会社を辞めていたはずである。

「それに、僕は自分のことよりあなたのことの方が心配です。もしかしたら、あの投稿を目にした時にご自身のことのように心を痛められたんじゃないかと。お父さまのご病気が分かった時もそうでしたもんね」

「……うん」

 わたしがよく知っている彼は、大好きな彼はそういう人だ。いつも自分のことよりわたしや他の人のことを考える。わたしに元気がない時や、落ち込んでいる時にはちゃんと気にかけてくれる、優しい人。お嬢さまのわたしにも、打算抜きで接してくれる純粋でまっすぐな人だ。

「桐島さん、わたし無性に腹が立ったし、それと同時に怖くなったの。相手が見えないのをいいことにして、あんなに他人に悪意を向けられるものなのか、って。でも、同時にこうも思った。こんなことをした人を絶対に許さないって。わたし、貴方を守るって約束したよね? だから、誹謗中傷犯を絶対に見つけて、貴方に謝罪させるから。わたしを敵に回したこと、絶対に後悔させてやるんだから!」

 鼻息も荒く宣言したわたしに、彼は呆れ半分思いやり半分という声で言った。

「そのお言葉は大変頼もしい限りですが……、あまり無茶なことはなさらないで下さいね。僕だって守られてばかりではいられませんから。あなたを守りたい気持ちは、僕も同じなんですよ。いざとなったら、あなたをお守りするためには手段も選ばない覚悟です」

「桐島さん……」

 わたしはこの時まで、彼の覚悟を見くびっていたのかもしれない。父の葬儀の時、彼が確かに里歩から秘書としての覚悟を問われていたことは憶えていたけれど。そこまで強い覚悟を持って働いてくれていたなんて。