どこの世界にだって、いわゆる〝小悪魔ちゃん〟というのはいるもので、彼が過去に引っかかった女性もおそらくそういう人だったんだと思う。そりゃ、心の傷にもなるだろう。彼が本気で結婚を考えるくらい好きになった相手に、本当は遊ばれていただけだったなんて……。

「じゃあ……、彼はそのせいで女性不信になっちゃったってことですか? つらいでしょうね、貢さん」

 大切に想っていた人からの裏切りでトラウマを抱えてしまった彼の心情を思ううちに、わたしは涙ぐんでいた。

「…………あらあら! あなたが泣くことないのに。本当に優しい人ね、絢乃さんは」

 美智枝さんはオロオロしながら、わたしにティッシュペーパーを差し出してくれた。

「ありがとうございます……お母さま」

「いえいえ。――あの子、そんなことがあったでしょ? だから、『俺、彼女ができたから会ってもらいたいんだ』って連絡もらった時、一体どんな子を連れてくるのかちょっと心配だったの。でも、こんな年の離れた可愛いお嬢さんでビックリしたわ。勤め先の会長さんだって聞いてまたビックリ」

「そりゃ、驚かれるでしょうね」

 まだ少し鼻声のまま、わたしは相槌を打った。

「でも、あの子のために涙を流して下さる優しい女性でよかった。貢から聞いてるわよ。お父さまを早くに亡くされて、悲しむ間もなく跡を継がれたんでしょう? 経営のうえでも会社の利益より、社員一人一人の働きやすさを大事になさってるって」

「はい」

「そんなあなただから、貢も信じようとしてるのかもね。あなたになら裏切られる心配はないでしょうから」

「もちろんです。彼は父が亡くなってから、ずっと支えになってくれているので。わたしも彼がいてくれたから、ここまで立ち直れたようなものです。わたし、絶対に貢さんのこと裏切ったりしません。わたしには彼しかいないので」

 彼の過去の恋愛は、本当につらい経験だったと思う。でも、わたしは過去の彼女とは違う。彼には数えきれないほど多くの恩がある。わたしは亡き父と同じく、受けた恩は必ず返す主義なのだ。

「よかった。あなたが恋人なら貢も大丈夫そうね。絢乃さん、あの子のこと、これからもよろしくお願いしますね」

「はい!」

 悠さんとお父さまだけでなく、お母さまとも信頼関係が築けたところで、わたしたち女性二人はお料理を再開したのだった。