帰宅された悠さんは、ご両親や貢、わたしが唖然としているのもお構いなしに出されたケーキを食べ始めた。飲み物もなしに。

「――うん、うめぇ! これ、絶対にいい店のケーキだよな。生クリームがしつこくなくてアッサリめ」

「……ええ、まぁ。分かります?」

「うん。オレ料理人よ? 味覚には自信あるから」

「…………はぁ」

 うまいうまいと満足げにケーキを頬張る悠さんを、わたしは呆然と眺めていた。

「あー、うまかった! ごちそうさん。――しかしまぁ、玄関開けたらビックリしたぜ。見慣れない女モノのサンダルがあるんだもんな。絶対にお袋のモンじゃない若向きの」

「こら悠、母さんに向かって何て言い草だ!」

「そうだよ兄貴。絢乃さんも呆れてるじゃんか」

「あー……、いえ。わたしは別に気にしてませんけど。お母さまが……」

「いいんですよー、絢乃さん。悠はいつもこんな感じですから、私はもう慣れてます。うるさい家でごめんなさいねぇ」

「いえ。むしろ賑やかで楽しくて、こういう家庭っていいなぁって思います」

 わたしはこの時、早くも桐島家の一員になったような気持ちになっていた。――実際に貢と結婚したら、わたしがこの家に嫁ぐわけではなく貢が篠沢家の籍に入ることになるのだろうけど。それでも美智枝さんが義母になることに変わりはないから。

「……悠さん、あの……。ちょっと、貢のことでお訊きしたいことがあるんですけど」

「ん? なに? オレで答えられることなら何でも訊いてよ」

 悠さんとヒソヒソ小声で話していると、貢の刺すような視線に気がついた。……これは嫉妬の眼差しなのか、「余計なことを言うな」とお兄さまに釘を刺そうとしているのかどちらだったんだろう?

「あの、…………やっぱりいいです」

 どちらにしろ、彼の過去について悠さんに訊ねようとしていたことがバレたと思ったわたしは、質問を慌てて撤回した。

「……あ、そう? 分かった」

 わたしに頼ってもらえて嬉しそうだった悠さんも、ちょっと残念そうに肩をすくめた。

 そして、わたしと悠さんがどんな話をしていたのか知らなかったお母さまは、首を傾げながらローテーブルの上のコーヒーカップやケーキ皿を片付けていた。


「――さて、そろそろ夕飯の支度をしようかしらね。今日はハンバーグよ」

 夕方五時を過ぎた頃、美智枝さんがキッチンへ向かおうとしていた。その時、ふとクルマの中で聞いた貢の言葉を思い出したわたしもソファーから腰を上げた。

「あ、じゃあわたしもお手伝いします。ハンバーグ、大好きなんです」

「あら、手伝って下さるの? 絢乃さん、ありがとう。助かるわ」

 というわけで、わたしとお母さまは女二人で仲良くキッチンに立つこととなった。