「そういえば桐島さん、お酒飲んでなかったもんね。それもこのため?」

 彼が会場で飲んでいたのはアルコール類ではなく、アイスコーヒーだった。

「ええまぁ、そんなところです。僕、アルコールに弱くて。少しくらいなら飲めるんですけど」

「そっか。わざわざ気を遣ってくれてありがとう。じゃあご厚意に甘えさせてもらおうかな」

「はい。……僕のクルマ、軽自動車(ケイ)なんですけどよろしいですか?」

「うん、大丈夫。よろしくお願いします」

 自動車にまったくこだわりのないわたしは、ペコリと彼に頭を下げた。


 ――それから数分後、わたしは貢が運転する小型車の助手席に収まっていた。彼は最初、後部座席を勧めてくれたのだけれど、わたしが「助手席に乗せてほしい」とお願いしたのだ。

「……えっ、このクルマって桐島さんの自前なの?」

「ええ、入社した時から乗ってます。でも中古なんで、あちこちガタがきてて。そろそろ新車に買い替えようかと」

 そう答える貢はすごく安全運転で、そういうところからも彼の真面目さが窺えた。

「新車買うの? どんな車種がいいとかはもう決まってるの?」

「ええ、まぁ。父がセダンに乗ってるので、僕もそういうのがいいかなぁと思ってます。現金(キャッシュ)でというわけにはいかないので、頭金だけ貯金から出してあとはローンになるでしょうけど」

「そっか……。大変だね」

 新車を購入するという彼の心意気は()めてあげたかったけれど、サラリーマンの身でローンの返済に追われる彼のお財布事情が心配だった。

「ところで絢乃さん、助手席で本当によかったんですか?」

「うん。わたし、小さい頃から助手席に乗るのに憧れてたんだー♡」

 満面の笑みで答えたわたし。物心ついた頃から後部座席ばかりに乗せられていたので、長年の夢が叶った瞬間だったのだ。

「そうですか……。それは身に余る光栄です」

「え? 何が?」

 彼が小さく呟いた言葉に、わたしが首を傾げると。

「絢乃さんの助手席デビューが、僕のクルマだったことが、です」

 彼は誇らしげにそう答えた。