総司「……そっ、そうですか…?」



 …あっ、やばっ…即答し過ぎた…。



『す、すみません…っ』



総司「ふふっ、全然大丈夫ですよっ。 では、今夜だけは、私ので我慢してくださいね」



 スタスタ、と少し足早に歩く沖田さん。



 き、気まずい…っ。



総司「…お風呂は外にあります。 といっても、狭いので幹部しか使えませんが…。 他の隊士は銭湯に行くんですけど、雪乃さんも幹部ですから、是非使ってください」



『そうなんですか、ありがとうございます』



 確かに納屋の近くに、小さな小屋みたいのがあった気がする。 もしかして、風呂って五右衛門風呂…なのかな…?



総司「…襦袢をとったら、風呂に入ってください。 一応、幹部の中にも変態な人たちは居ますから、私は外で見張っておきます。」



『あっ…すみません…』



 沖田さん、まだお風呂に入ってなさそうだし…。



総司「そんな、謝らないでください。 当然のことですから。」



 ふと、沖田さんが足を止めた。



総司「ここが私の部屋です。 私の隣が空き部屋なんで、きっとそこが雪乃さんの部屋になると思います」



 その空き部屋は最早、納屋…物置小屋と化していた。 少々埃っぽいから、明日の掃除は大変だなーなんて、少し気が沈んだ。



 沖田さんは、自分の部屋の襖を開けて、私を手招きする。 六畳程の広さだ。



 意外にも、きちんと整理整頓されていて、文机が置かれているのみだった。



 沖田さんは押し入れの上段から、布団を二組取り出して置いたと思ったら、押し入れの下段にあった箪笥から襦袢を一着出して、私に渡してきた。



総司「はい、これを風呂から上がったら着てください」



『あ、ありがとうございます…!』



 ぱすっ と、手元に収まり、太陽のような、陽だまりのような、沖田さんの匂いが香った。



 少し、頬が赤くなる。 ……なんでだろう…?



総司「よしっ、じゃあお風呂場に行きましょう」



『了解です』



 今さっき、入ってきたばかりの襖を開けて、二人で部屋を出る。



 足を進める度に、ギシギシと、廊下の床が軋む音がする。



左之助「おっ、雪乃と総司。 これから風呂?…って、お前たち一緒に入んのかよ」



総司「…何、馬鹿なこと言ってるんですか。 まったく、下品極まりないですよぉ」



 ぺしっ、と原田さんの肩を軽く叩いている。



左之助「おお? 総司はなんともねーんだなあ。 嬢ちゃんは真っ赤だぞ」



『……へっ…?』



 襦袢を脇に挟んで、急いで両手を頬に当てると 確かに熱を持っている気がする。



総司「…雪乃さん…?」



 少し俯いた私を心配したのか、覗き込んでくる沖田さん。



 薄茶色の双眸に、長い睫毛が、私の視線を捉えて離さない。 まるで時が止まったように、息をするのさえ忘れた。



左之助「おい、大丈夫か…?」



 とうとう、原田さんにも心配されてしまった。



『す、すみません…!! 風呂入ってきます…!!』



 ダッダッダッ…と、二人が立っている隙間を縫うように、走った。



 後ろで原田さんが呼び止める声がしたが、振り返らなかった。











?「………さんっ…………さんっ……」



 うーん…誰…?



 ゆさゆさと、身体を揺さぶられる。



?「お…て…!! ゆ…のさん…!! 起きて!!!」



『…あ、朝っ…?』



 だんだんと頭が覚醒してきて、今 私を誰かが起こそうとしてくれているのだと分かった。



総司「もー、もう朝ですよぉ〜」



『へっ…沖田さんっ…?!』



 ガバッと、飛び上がるように起きた。



総司「ふふっ、今は卯の刻です。 早くしないと、朝餉抜きになっちゃいますよ? 朝餉を食べる前に、買いに行かなくてはいけませんから」



 …私って、そういえば沖田さんの部屋で寝たんだっけ…? 結局あの後、風呂から上がったら、沖田さんが見張っててくれて…。



 お礼を言って部屋に戻ったら、疲れてすぐ寝ちゃったのか…。 昨日のことがあって、若干 私としては気まずいのだけれど…。



 沖田さんは、なんとも気にしてなさそうだ。



『…卯の刻って、…』



総司「袴とか、刀とか、色々買うので、早めに起こしちゃいました。 すみません」



『いえ…大丈夫です』



 卯の刻…ということは、午前6時くらいだろうか。



総司「門のところで待っていますから、これに着替えたら来てください」



 手渡されたのは、男物の襦袢、着物に帯。 紐のようなものもある。



『……これ』



総司「すみません、俺のなんですけど…。 大きさが合わないかもなあ…」



 やっぱり、沖田さんのだったんだ…。



総司「…これ以上、小さいのないんですよね…。 藤堂さんから借りるっていう手もありますけど、起こすのは可哀想ですから…」



『…あの、沖田さん…』



 非常に言いにくいんだけど…。



総司「はい?」



『私、着物、着れないんです…』



 シーン…と、部屋が静まり返った。



総司「………雪乃さんって、どこかのお姫様だったりします? 昨日も、とても珍しくて、素材の良い着物を着てましたし…」



『いえ…そんなことないですよ』



 怪訝そうに、私を見つめる。



総司「……名字は?」



『………ごめんなさい、言いたくない…です』



総司「…そう、ですか…」



 シーンと、静まり返る。



総司「……副長助勤が、流石に名字無しのままには出来ません。 我々は、武士ですから。 …どうしても言いたくないのなら、他の名字にしなさい」



 …命令形、だった。 私に拒否権はない。



 思考を巡らせて、代替の名字を考えた。



 家族のことは、思い出したくない。 ……そうだ…壬生浪士組……新撰組に関わる名字にしよう。



 新撰組の象徴と言えば、だんだら模様で浅葱色の羽織。



『……浅葱(あさぎ)…』



 浅葱色の映える、新撰組の羽織を背負った隊士たちの背中が、頭の中に浮かんだ。 もうそれ以上最高の名字は思いつかない。



総司「…はい…?」



『私は、浅葱 雪乃にします』



総司「…どうしてですか?」



 ポカン、と口を開いている沖田さん。



 ……まあ確かに、江戸時代は浅葱色って、あんまり良いイメージないもんね…。



 浅葱色は、江戸に来た野暮な田舎侍や、下級武士が着る衣服の裏地だったことから、浅葱裏と嘲りの意味で使われていた。



『内緒、です』



総司「ええ〜、気になるなぁ…」



 ぷくっと、頬を膨らましている。



 ……あ、そうだ…。



『沖田さん、包帯ってありますか?』



総司「…え? ええ…ここの箪笥に…」



 不思議そうに、箪笥から包帯を取り出してくれる。



総司「何に使うんですか?」



『えっと…サラシに…』



 これから着替えるのであれば、つけておかないと。



総司「分かりました。 はいっ、どうぞ」