だから、あまりにも理不尽なことでも耐えるしかない。
「お前が窓から顔を出しているのが外から見えたから、きてやったぞ」
“きてやったぞ”なんて言われても、わたしはそんなことまったく望んでいないというのに。
「いつもならこの時間は授業に出て部屋にいないことが多いが、今日はめずらしいな」
十座の言うとおり、普段であればわたしは学校に行って寮にはいない。
今日も朝から出席はしていたけど、まったく授業に集中できなくて2限の途中で帰ってきていた。
「難しそうな顔をしていたが、なにか考え事か?」
「…あなたには関係ないでしょ」
歩み寄ってきた十座から離れるように、わたしは背中を向けてソファのもとへ行く。
「相変わらず無愛想なやつだな」
愛想のないわたしに対して、ため息をつく十座。
「こんなところへくるよりも、茉莉花さんのところへ行ったらどうなの。あなたのこと、待ってると思うけど」
茉莉花さんは十座の部屋へ行ったり、十座が自分の部屋へくることを楽しみにしている様子。
よく隣の部屋から、十座を待ちわびていた茉莉花さんの弾んだ声が聞こえてくる。
「なにをそんなにツンケンしているかと思ったら、お前…茉莉花に妬いてんのか?」
含み笑いをしながら、わたしに視線を向ける十座。
「なっ…。そんなわけないでしょ…!」
「そう怒るなよ。かわいい顔が台なしだぞ?」
そう言いながら、十座はわたしの顎をクイッと持ち上げる。
「は…離して!」
顔を背けて十座から逃れる。
そんなわたしをニヤニヤした表情で見下ろす十座。
「たまんねぇな、その顔。兄貴を人質に取られて、オレに歯向かいたくても歯向かえない。…ゾクゾクするぜっ」
「…なに言って――」
「気づいてないようだから、教えてやる。オレはな、お前みたいな生意気な女はむしろ好物だ。なんとしてでも手なづけたくなるからな」
十座は、わたしにギラギラとした視線を向けながら舌なめずりをする。
その視線が…気持ち悪い。
早くどこかへ行ってくれないだろうか。
わたしがそう思っていた、――そのとき。
「ちょっと、十座!そんなところでなにやってるのよ!」
金切り声が響き目を向けると、開けっ放しのわたしの部屋のドアの向こうから、怒ったように茉莉花さんが見つめていた。
「あたしという妃候補No.1がいるっていうのに、…No.2に目移りしたんじゃないでしょうね!?」
眉間にしわを寄せ、わたしの部屋へズカズカと入ってくる茉莉花さん。
「…なんだよ、そんなのオレの勝手だろ。とはいえ、オレの一番はお前に決まってんだろ」
「そんな言葉、信用できない!」
絶対的王者であるはずの十座が、茉莉花さんの気迫に押されているように見える。
ものすごい剣幕の茉莉花さんに、あの十座でさえもたじたじといった様子。
「信用できねぇっつーなら、どうしろっていうんだよ」
「今すぐここで証明して!あたしを愛してるっていう証明を!」
十座を睨みつける茉莉花さん。
すると、十座はため息をつく。
「…仕方ねぇな」
そうつぶやくと、突然十座が茉莉花さんにキスをした。
わたしの部屋で、わたしの目の前で、そんなことおかまいなしに2人は熱い口づけを交わす。
見ているこっちが恥ずかしくなるくらい。
でも茉莉花さんは、まんざらでもない表情。
「これでどうだ?」
「…まあ、これなら許してあげてもいいけどっ」
「続きはオレの部屋でな」
茉莉花さんは愛おしそうに十座を見つめながらうなずくと、その腕に抱きついた。
そして、わたしにこれ見よがしに見せびらかしてくる。
まるで、『十座はあたしのもの』とわたしに対してアピールするように。
わたしはというと、見たくもないものを見せつけられ苦笑いを浮かべるしかない。
そうして、ようやく茉莉花さんとともに十座がわたしの部屋から出ていった。
なんだかどっと疲れて、わたしはソファにもたれかかる。
それにしても、茉莉花さん…すごかった。
全身から、十座のことが好きだというオーラがあふれ出している。
そんな茉莉花さんとは正反対で、わたしは十座のことを忌み嫌っている。
なにがあっても、絶対に十座に心を開くことはない。
その固い意志で、わたしはこれまで十座を拒んできた。
でも、それが逆に十座を喜ばせることになっていたなんて――。
『お前みたいな生意気な女はむしろ好物だ。なんとしてでも手なづけたくなるからな』
あの言葉どおり、十座は最近やたらとわたしのところへくるようになった。
前までは、四六時中茉莉花さんといっしょ。
わたしなんて、RULERのお飾り程度としてこの寮に置かれているくらいだったというのに。
それが近頃、明らかにわたしに対する態度が変わってきた。
この前、寮の中ですれ違ったときもそうだ。
「どうした、美鳥。そんなにオレを見つめて」
「…違う。べつにわたしはあなたのことは――」
「なにも恥ずかしがることもないだろ。女はみんな、オレさまに惚れることくらいわかってる」
自信満々に口角を上げる十座。
わたしは、十座の後ろを歩く玲に目が行っていただけ。
玲とは、あれから距離が空いたままで…。
玲の姿を見かけたら、自然と目で追っていた。
それなのに、十座はそれが自分に向けられているものだと思っている。
呆れるほどに自信過剰だ。
――わたしは、玲と話がしたいというのに。
そんな玲はというと、他の暴走族への潜入で外出している日が多くなった。
ようやく潜入から戻ってきて、お兄ちゃんのお見舞いで2人きりになったとしても、簡単な受け答えくらいしかしてくれない。
玲は、わたしのことを避けようと壁をつくっている。
あの夜以降玲の態度が一変して、そう思わざるをえなかった。
玲との時間がほしいのに、そこには必ず十座が入り込んでくる。
こんなの…いやだ。
心の底から十座を嫌っているわたしだけど、そんなわたしを違う意味でよく思っていない人物がいた。
――それは、茉莉花さんだ。
「ちょっと!」
ある日、わたしが学校から戻ってきて部屋へ入ろうとドアノブを握ったとき、隣の部屋から声がした。
見ると、茉莉花さんが部屋から出てきた。
「茉莉花さん、どうかされましたか…?」
わたしが何気なくたずねると、いきなり頬をひっぱたかれた。
突然の出来事で、一瞬なにが起こったのかわからなかった。
でも、たたかれた頬が熱を帯び、痛みが伴ってようやく理解した。
「…この、泥棒猫!!」
鬼の形相で、わたしを睨みつける茉莉花さん。
「ま…茉莉花さん、急になにするんですかっ…」
「とぼけるんじゃないわよ!どんな手使って、あたしの十座に取り入ったっていうの!?」
「取り入ったって…。わたしはそんなこと――」
「じゃなきゃ、十座があんたみたいなNo.2なんかになびくわけないでしょ!!」
ものすごい剣幕で、わたしに罵声を浴びせる茉莉花さん。
「…待ってください!おっしゃっている意味がよくわからないのですが…」
「ほんと白々しい!しおらしくしていたようだけど、ようやく本性を表したのね。そんなにあたしから十座を奪いたくなった!?」
「茉莉花さん、なにか誤解されています…!わたしは、そんなつもりは一切――」
「とにかく!妃候補のNo.1はあたしで、十座の妻となる妃の座もあたしのものなんだから!No.2のくせに、身の程をわきまえなさい!これ以上、十座をたぶらかすようなら許さないから!」
茉莉花さんはわたしが弁解する隙も与えることなく一方的に言い放つと、荒々しくドアを閉めて自分の部屋へと戻っていった。
わたしはその場に呆然としてたたずむ。
…一体、なにが起こったのだろうか。