籠の中の鳥 〜囚われの姫と副総長〜

初めて見る玲の姿に戸惑った。


…でも。

嫌じゃなかった。


わたしも“もっと”と、気づけば玲を求めて受け入れていた。


こんな夜がずっと続けばいいのに。


そんなことを考えてしまっていた。


そのあとも、わたしは一晩中玲のそばに寄り添っていた。

こまめに汗を拭き、氷枕も取り替えて。


そして、あっという間に夜明けが訪れ、玲の部屋に朝陽が差し込み始めた。


「…美鳥、…美鳥……」


うわ言のようにわたしの名前を呼ぶ玲の手をぎゅっと握りしめる。


「玲、わたしならここにいるよ」


眠る玲にそっと語りかける。



* * *



「…ん……、朝か…」


しばらくすると、玲が目を覚ました。

そしてすぐに、横にいたわたしに気づく。


「まさか、…ずっとここで起きてたのか!?」
「…ごめんなさい。心配だったから、どうしてもそばにいたくて…」

「…ったく。お前が倒れたらどうするんだよ」


玲は呆れたようにため息をつく。


「それよりも玲、なにかほしいもの…ある?」

「…そうだな。喉が渇いたから、水が飲みたい」


そう言った玲に、わたしはペットボトルのミネラルウォーターを手渡した。

それを受け取る玲と手と手が重なって、はっとして玲と顔を見合わせる。


その瞬間、夜中の出来事が鮮明に思い出された。


『飲ませてくれるんだろ…?美鳥が』

『…もっと、もっと…ほしい』


そういえば…昨日。

わたし、…玲とあんなことを。


「…えっと、…その……水は…」

「大丈夫。自分で飲める」


玲は自分でキャップを開けると、口をつけて飲みだした。

昨日は、キャップを開けることすらできなかったのに。
体温を測ったら、37度9分だった。

ようやく37度台にまで下がってきた。


痙攣も治まって、顔色もずいぶんとよくなっている。


「俺ならもう大丈夫だ。昨日は寝てないんだろ?早く自分の部屋で休め」

「…でもっ」

「お前のおかげでだいぶよくなったから」


わたしを見つめる玲の瞳は、昨日までの虚ろな様子とは違って生気がみなぎっている。

まだ本調子ではないけれど、良好にはなってきたようだ。


「わかった。じゃあ、わたしは戻るね」


そう言って立ち上がり、わたしは部屋のドアノブに手をかけた。

――そのとき。


「それと…」


玲がぽつりとつぶやいた。


「昨日は、…悪かった。高熱が続いて、どうかしてたみたいだ…」


キョトンとして、わたしは振り返る。


どうして謝る必要があるの?
わたしは、嫌なことなんて一切されていないのに。


「気にしないで。それに、わたしは――」

「忘れてくれ」


思いも寄らない言葉が飛んできて、わたしの胸に突き刺さる。

戸惑いながらも目を向けると、いつもの冷たいまなざしで玲がわたしを捉えていた。


わたしは、玲に頼られて求められて…うれしかった。

だから、2人だけのあの時間を忘れられるはずがないし、忘れたくもないというのに――。



『忘れてくれ』


部屋に戻ってからも、玲のあの言葉が繰り返し頭の中で再生される。


一晩中起きてはいたけれど、不思議と眠くもない。

なにかしていないと落ち着かなくて、わたしはひとまず制服に着替えた。


気分転換に外へ出よう。

そう思い、下に下りると――。


「…早くしろ!」

「なにしてる!急げ…!」
そんな声が聞こえ、寮にいた数少ないRULERのメンバーたちがみんな玄関のほうへと駆けていく。


「…ねぇ!どうかしたの?」


わたしは、その中の1人を呼び止めた。


「みんな、なにをそんなに慌ててるの?」

「もうすぐ、十座さまが戻られるんです…!だから、そのお迎えにっ」

「…十座が!?」


この数日間は玲の看病のことで頭がいっぱいだった。

だから…忘れていた、十座のことを。


「玲には…?もう知らせたの?」

「もちろんです!玲さんには一番に知らせています!玲さんならすでに向かわれています」


まだ完全に治っていないというのに、あの体調で動きまわるなんてっ…。


玲のことが気になって、わたしも玄関へと急いだ。


「…玲!」


と叫んだけれど、ちょうどそのとき寮の扉が開いた。
太陽を背中に浴びてやってきたのは、久々に見る…十座。


「「おかえりなさいませ!十座さま!」」


RULERのメンバーたちは、玄関から玉座の間にかけての一直線の廊下の左右に整列して、頭を下げて十座を出迎える。


「おお、戻ったぞ」


十座のあとには、抗争に参加していた幹部やRULERのメンバーたちがぞろぞろと続く。


…十座が帰ってきた。

心休まる時間は、ほんの一瞬だった。


「玲!玲はいるか!?」

「はい!」


十座が呼ぶと、すぐに玲が十座のそばに現れた。


「オレがいない間に、変わったことはなかったか?」

「いえ、なにも。心配されるようなことはありません」

「そうか。今回のことについて、情報を共有しておこうと思う。今から玉座の間へこい」

「かしこまりました」


玲は平然としながら、十座のあとをついていく。
まだ熱はあるし、この数日まともに食事も摂っていない。

だから、体力だって回復してないはずなのに、何食わぬ顔をしていつも通りに振る舞って。


わたしにはわかる。

十座の前で、必死に痩せ我慢していることが。


そんな玲が心配で、ずっと目で追っていた。


すると、廊下に整列するRULERのメンバーの後ろから玲を見つめるわたしの存在に十座が気づく。


「お?なんだ美鳥、オレさまと会えなくて寂しくて出迎えにきてくれたのか?」


そんなわけない。

そもそも十座なんて、眼中にも入っていなかった。


「茉莉花は出迎えるなんてこと、今までで一度もなかったのにな。お前はかわいいやつだな、美鳥」


なにを勘違いしてか、十座はわたしに向かってニヤリと微笑む。

わたしは眉間にしわを寄せ、視線をそらした。
そのあと、玉座の間での集会が終わったのか、RULERのメンバーたちが部屋に戻ってくる足音が聞こえた。

わたしは玲の部屋へと向かう。


コンコンッ

「はい」


中から玲の声が聞こえ、わたしはドアを開ける。


「玲…」


わたしが部屋に入ると、玲は驚いたように目を見開ける。


「…なにしにきたっ」

「玲、まだ体調悪いんでしょ…?十座が帰ってきたけど、あまり無理しないで――」

「お前には関係ない」


そう言って、わたしに背中を向ける玲。

その姿は、わたしがよく知る冷たい玲のまんま。


「それよりも、早く出ていけ。こんなところ、十座さまに見つかったらどうする…!」

「でも、わたし――」

「お前は十座さまの妃候補、俺はその世話役。俺たちの関係は、それ以外なにもない」


玲はわたしの腕をつかむと、無理やり部屋から追い出した。
バタンと音を立てて閉められるドア。


わたしはその前で、呆然としてたたずんでいた。


『お前は十座さまの妃候補、俺はその世話役。俺たちの関係は、それ以外なにもない』


…そんなこと、言われなくてもわかってる。

それなら、昨日のあれは…なんだったの?


『…もっと、もっと…美鳥がほしい』


わたしは玲との間に、これまでには存在しなかった関係が芽生え始めたと思ったのに…。

あれは、…夢?


――教えてよ、玲。

わたしは、あなたの気持ちが知りたい。