側室〇△と□□が死んでから、しばらく経った時。この時キム及びナターシャにはまだ子はいなかった。
 そして、ナターシャの権力は膨れ上がる一方だったが、世継ぎが出来ない焦りはそれからさらに増していた。それにキムは戦と側室へと愛情が傾きつつあったのだった。

「今日も、呼ばれなかったか…」

 ナターシャは夜になると、そう独り言をする頻度が多くなっていった。侍女は基本、頷くかキムへ愚痴るだけ。下手に会話をすれば、ナターシャの逆鱗に触れる可能性があるからだ。
 彼女の逆鱗に触れれば、最後に待っているのは死である。それは侍女も痛い程よく分かっていた。

 ある日。またもナターシャの元に、側室でまだ十代後半の△□が懐妊したという情報が飛び込んできた。しかし、ナターシャはその情報を懐疑的に捉えていた。

(腹の子は、キムでは無いな)

 実は△□が度々、「祈祷」を行っているという情報をナターシャは耳にしていたのだった。
 祈祷とは、呪術者や魔女、聖職者等を呼んで、身体の不調を癒すよう術をかけたり、誰かを呪ったり運気を上げたりするものだ。
 そして側室が浮ける祈祷は大体子を持つ為と相場は決まっている。しかも魔女と言った魔術や呪術が使えない者でも問題は無い。なぜなら祈祷と称したそう言う場なのだから。
 △□は祈祷を、約半年前から受けて来た。それらの情報は全てナターシャの耳にも届いていたのだった。

「ナターシャ様、△□は約3か月くらいと言う情報が入ってまいりました」
「して、陛下はご存知なのか?」
「先ほど耳にして、大いに喜んだようです」

 宦官はそう深々と頭を下げながら、ナターシャへ報告した。

(陛下がもう知っているのが…)

 ナターシャは目を細める。そして席を立った。

「△□の元へまずは挨拶だ」
「ははっ」

 ナターシャは、宦官と侍女を引き連れて△□の元へ向かった。△□はナターシャの突然の驚きながらも丁寧に頭を下げて迎え入れる。

「△□よ、懐妊おめでとう」
「ナターシャ様…!有りがたき幸せにございます!」
「身体を大事にせよ。良い子を産むようにな」
「はいっ…!」

 △□は到って普通の様子だった。ナターシャも何事もなく去っていく。しかしナターシャが去ろうとした時、△□は薄ら笑みを浮かべていたのを、ナターシャは見逃してなどいなかったのだった。

「ふう」

 自室に戻ったナターシャは、ふかふかのベルベットの椅子に腰かける。

「…」

 しばらく沈黙が流れる。そして隣にいた侍女のアサシンへ、ナターシャはこう告げた。

「やつが最後に祈祷を受けたのはいつだ?」
「丁度、1か月前です。それ以前は週に2日のペースで受けております」
「なるほどな…」

 ナターシャは彼女へ更に質問を続ける。その中には既にナターシャが知っている情報もある。ナターシャは確認の為に再度問うのだった。

「祈祷を受けた際、誰がいた?」
「教会の神父が2人。後は陛下の家臣が2人です」
「うむ、合っている。証拠はあるか?」
「はい、残しております」

 そう言いながら侍女は、祈祷文書を見せた。祈祷文書はいわば出席名簿のようなものである。
 その出席名簿には名前と日付と時間が記載されている。この名簿は、アサシンの侍女の手によって△□の関係者から入手したものだ。

(どのような祈祷内容かも、書いている)

「見事よ」
「はっ」
「明日、陛下の元に見せよ」
「畏まりました」

 アサシンの侍女は去っていく。自室にはナターシャ1人になった。
 夜。自室で夕食を取ったナターシャに宦官と侍女がやって来る。その手には夜伽に指名された事を示す札を持っている。

「ナターシャ様。指名されました」
「そうか…ではすぐに用意をする」
「はっ」

 久しぶりの使命とあって、ナターシャは高揚感に包まれていた。

(指名はやはり嬉しい)

 そして、ナターシャは久方ぶりにキムの夜伽を無事努め朝を迎える。
 入浴し、着替えてやや遅めの朝食を取るナターシャの元にアサシンの侍女が訪れた。

「陛下にお見せしました」
「して、どうだった」
「調査するとの事です」
「そうか、相わかった」

 その後。△□や祈祷に携わっていた者達はキムから調査を受け、祈祷の事実を認めた。
 更には△□はやけになったのか、腹の子はキムとの子では無いと告げたのだった。

「俺以外の子を孕むなど…ゆるせぬ!」

 △□と祈祷に携わっていた者達はキムの手により、全員銃殺刑に処されたのだった。
 銃殺刑に処された△□は、一切抵抗する事なく処刑されたという。

 ここで時間を遡る。

「祈祷ですか?」

 △□は侍女から、祈祷について話を受けていた。

「ええ。祈祷を受ければ子に恵まれます」
「そう、ならやってみるわ。必ずや世継ぎを産んでみせる」

 この侍女。実はナターシャに仕えているアサシンの侍女である。
 △□は、側室の中でも身分の高い人物。周りからはナターシャと同じように、世継ぎを望まれていた。その事は全て全てナターシャに知れ渡っていたのだった。

「ははっ…ははは…」

 ナターシャの乾いた虚ろな笑い声が響く。
 つまりは△□も、ナターシャの手に落ちたという訳だ。