台車をリークとマッシュがゆっくりと慎重に押していく。

「慎重に、水鏡を崩さないように…!」

 小声でメイルと私が指示を送りながら、獣道を進んでいく。リーク同様帽子を被ったマッシュの額には既に汗が浮かび始めていた。やはり狼男とはいえ老体にはきついか。

(頑張れ…!)

 一度水鏡が崩れてしまうと、水鏡でなくなってしまうのだとメイルから聞いた。この移送は何としてでも成功させなければならない。

「くっ…」
「ふうっ…」

 リークはまだまだ余裕がありそうだが、マッシュがかなりしんどそうだ。私はいてもたってもいられず、マッシュの隣に移動し彼と共に台車を押す。

「大丈夫ですか?」
「!…すまんのう…」
「これくらい、大丈夫ですから…!」

 と強がっては見るものの、水鏡は予想以上に重い。それに私は人間の女。狼男と比べると圧倒的に力では不利だ。

(だけど、なんとか運ばないと…!)

 リークの家が見え始めて来た時だった。するとリークの家の左横付近から兵士が1人現れる。

(うそだ…!)

 兵士は私達を見て、すぐさま口を開いた。右手には黒い封筒に入った手紙を持っている。それが召集令状である事はどう見ても明らかだ。

「あの、リークはどこかわかりますか?」
(ああ、やっぱり…)

 こういう時は嘘だ。何度も後宮で嘘をつき続けて来たではないか。早く思いつけ、ナターシャ…!

「あの、リークってどなたです?」
「ああ、狼男だと聞いていますが…」
「そもそもこの辺に狼男なんていないわよ。見た事も無い」
「ええ?で、でも確かこの辺にいるって…」

 私はここで「わざとらしく」呆れて見せた。

「だから見た事無いって言ってるでしょ!目障りだから早く消えてちょうだい。どうせ隣町かどこかと間違ってるんでしょ。リークなんて名前の狼男くらい大量にいるんでしょうし」
「は、はい…すみませんでした」

 兵士はそう言って、そそくさと山のふもとの方へと降りて行った。

「あと少し…!」

 家はもう目の前だ。そしてようやく家の中庭へと台車は到着したのだった。

「はあはあ…」
「着いた…!」
「よし、魔術をかけるわよ」

 メイルがもう一度呪文を詠唱すると、水鏡は台車からゆっくりと離れて、中庭に鎮座した。そしてサイズが地味にほんの少しだけ小さくなっている。

「よ、よかった…!」

 これで第一関門にして最大の障害は無事突破した事となる。