「あ、あの……」
数分の沈黙を先に破ったのは、私だった。
とっくに、五限目なんて始まっているけど。
あんなに酷いことを言われて、彼はどう思ったのだろう。
「……大丈夫ですか」
「え?」
「怪我、してないですか」
私だったら、逃げ出してしまいたいくらいに辛い。
___それなのに、私の心配をする。
「……うん」
やっぱり、優しいじゃない。
どこが「性格終わってる」なのよ。
「私、君のその性格、好きだよ」
「え……」
唐突に褒め出した私に、ぎょっとしたようなそぶりを見せる彼。
「君の堂々とした雰囲気、カッコいい」
私は臆病者だから誰にでもいい顔しようとするけどね、とつけ足しながらも笑うと、やっと彼は、私を振り返った。
「だから君のそういうとこ、尊敬してる」
言いたいことが言えて、ちゃんと人のことを見てて。
時には自分のことを後回しにして、人のことを心配しちゃうこともあるのかもしれないけど。
「ほんと、私より年下だって思えないくらいだね」
そう笑えば、わずかに頰を赤らめた彼は私から目を逸らした。
「……別に」
「じゃ、私は五限目逃しちゃったし、ちょっと保健室にいたっていう設定でサボろうかなー」
空き教室でサボってたってバレちゃったら、評価が下がっちゃう。
「君はどうする?ここで関わるのは最後になっちゃうね」
名残惜しくも感じちゃうな。……だって、彼のいいところをたくさん知っちゃったんだから。
「……戻ります」
もっと関わりたかった、っていうのが正直な気持ちなのかもしれないけど、今までずっと断られ続けてきたんだから、仕方ない。
「そっか。……じゃあね」
また廊下とかで会ったりしたら、再び女子からモテモテな景色を見るんだろうな、なんて想像しながら、ヒラヒラと手を振る。
それでも、彼はなぜか動かない。
え、何か言い残したこととかあるのかな?
「……ながれ」
「え?」
ぼそっと呟いたかと思うと、彼は顔を赤くして私をまっすぐに見つめた。
「名前。……黒川流、だから。……君じゃ、なくて」
___名前で呼んで。
そう、彼、流くんの瞳がつげていた。
出会った時よりもあまりに柔らかくなっているものだから、彼の瞳から、目が離せないでいた。
「……わ、わかった」
それでも、いきなり口に出して呼ぶのは恥ずかしくて。
口をつぐんだままでいれば、流くんはふっと笑った。
「今日の放課後、ベンキョー、教えて。海花先輩」
そう言いながら私に向ける視線は、優しくて、柔らかくて、どこか甘かった。