なあ、……って、まあ、私たちに話しかける男子なんていないよね。きっと男子が、私たちのすぐ後ろで話しているだけ。

「じゃあ今日来てくれなかったら、諦めるね」

さっき言えなかったことを、もう一度言い直すけれど、隣にいる詩織からの反応がない。

「詩織?」

不思議に思い、詩織の方を向くと、詩織は後ろを向いていた。
何かあるのかな?
そんなことをのんきに思いながら、詩織と同じ方向へ目線を向ける。

「……え」

一瞬、見間違いかと思うほどだった。
だって、私の見上げた先には"彼"が立っていたから。

どうしてここに___。

明るい金髪が、風にさらさらと揺れているのをぼーっと見つめているけれど、そんな時間は長くは続かず。

「呼びかけてんだけど」

「へ、あ……は、はいっ」

どうやら、隣にいる詩織のことはフル無視のようだ。
いつものように整った顔で、何を考えているかもわからない表情で、ただ私のことを見下ろしていた。

「先帰ってるね」

そう詩織がコソッと私に耳打ちをしたかと思うと、詩織はお弁当を持って、教室へ帰っていってしまう。
う、嘘でしょ、詩織……。一緒にお昼ご飯食べてたのに。

ガーン、とショックを受けながらも、私は彼と交わった視線から外さないでいた。


「な、何……?」


まさか、私と詩織の会話が聞こえていたのだろうか。
"今日来てくれなかったら諦めようかな"という私の自信の無さげな声も。

その私の言葉を聞いて、彼はどう思っただろうか。表情には出さないかもしれないけど、内心では嬉しんでいるのかもしれない。

まあ、それを今から話されるのだろうけれど。

「……なんでそんなに俺に構うわけ?」

反対だった。
もう関わるなって、本気で言いに来たのだろう。

彼は、はぁ、と短くため息をつくと、さっきまで詩織が座っていた場所に腰を下ろす。

急に距離が近くなったことに驚いて、なかなか彼の方向へ顔を向けられない。

「あんなに嫌な態度とってるのに、なんでそこまですんの?俺のためにって」

ガシガシと頭をかくと、彼はまっすぐに私をみた。

「……なんでって……君の本心はどうなのかなーって思ったから……かも……?」

なんで自分でも疑問系なのよ、なんて思いながら首を傾げるけど、いまだに私がなぜ彼にここまでして引き留めようとするのかは、自分でもわからなかった。

「自分で自分のこと、ちょっと諦めてたりするんでしょ」

ふふっ、と笑ってみせる。
少しでも彼の私に対する印象を変えられたらな、とまではいかないけれど。

そこで、ふと思いとどまる。
そうだ、彼、恋人がいるかもしれないんだ。

必要以上に干渉とかしない方がいいもんね。
やっぱり、無理に気持ちを向かせようとしなくていいんだ。


「でも、やっぱり面倒くさいよね。ごめんね、今まで」


へらっと笑いながら、膝の上に置いていた小さなお弁当をしまい始める。
あまり手はつけていなかったけれど、なんとなく食べる気にもならなくて。

「今しかできないこととか、いっぱいあるもんね!しつこくしちゃって、ごめんね」

そんな私を今までじっと見つめていた彼が、帰ろうと立ち上がる私の腕を掴む。

「……え……」

何か、言いたいことがあるのかな。と、内心ドギマギしながら彼を見ると、不貞腐れたような表情をしていることに気づいた。
な、なんだろう、この表情。

「な、なに……?」

「___」

彼が、何かを言おうと口を開いたその瞬間。

「あ!いた!ナガレくーん!」
「きゃー!」

中庭に、女子の黄色い声が響いた。
彼の声は、その声で簡単にかき消されてしまう。

しかも、彼はその女子たちの姿を見るなり、「げ」と顔をしかめる。

「逃げます。さっさと立ってください」

「っ、え!?」

ナガレくんと呼ばれた彼は、私の腕を掴んだまま、不機嫌な表情で私を引っ張る。

逃げるって、何から!?
あの女の子たちから逃げるの?名前、呼ばれてるのに……!?

されるがままに走らされた私は、頭の中がこんがらがるし、久々に運動したせいで息切れがするしで、何も考えられなかった。