次の日も、その次の日も。

彼が放課後、教室へ来ることはなかった。
あんな態度取られる人に教えたくもない!と思ったものの___。

「刈谷!一年はどうだ?ちゃんと教えられてるか?」

なんて先生が毎日聞いてくるもんだから。

「あ、あぁ……ははは……」

苦笑いをするしかない。ダメだ、このままじゃ。
何がなんでもあの一年生に勉強をやる気にさせなければ……!

思い立った私は、HRが終わり放課後に入ると、すぐに立ち上がった。

あの人って、たしか一年だよね。

こうなったら、教室まで行って、とりあえずペンを握って貰えば……!


「……よし」


私は小さく拳を握りしめると、意を決して、一年生フロアへと向かった。



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「えぇっと……あの人のクラスって……」

私は今、一年生が行き交う廊下で一人彷徨っていた。
あの人のクラスも知らなければ、名前まで知らない。

知っているのは、顔と金髪っていうことだけ。

とりあえず誰かに聞いてみよう……!

「あ、あの……」

女の子二人組に声をかけるも、私の声が小さすぎたせいか、二人の笑い声に揉み消されてしまう。


「でさ、その時流がさぁー」
「嘘でしょ!___」


きゃはは、と楽しそうに笑う二人組は私の存在に気づくことすらなく通り過ぎてしまった。

うぅ……、やっぱりもう関わらない方が___。

そう思い初めて、帰ろうときびすを返したところだった。


「うぜぇ、離れろよ」

「えぇー、流は離れたいのぉー?」

「今日もちろんこの後行けるよな?」

「俺パスだわー」


雑踏に混じって、聞き覚えのある声が鼓膜を震わせた。

本当にかすかな声だった。

注意して耳を澄まさないと聞こえないような。


あの人の声だ___。

そうわかるよりも先に、目線の先にいた"あの人"とは、しっかりと目線が交わっていた。


「……」

「……あの、」


相変わらず、冷めたような目つきで私のことを見つめていた。

彼の前まで歩み寄り、声をかけるけれど。

「えーっ、流、早速先輩から告られんの!?」

「ヒューヒュー」

「はぁー?流はアタシのもんだしぃー」

彼の周りにいた男女数人が、私と流のことを交互に見てはやしたてる。

居心地、悪いな。なんて考えていると、彼は、明るい金髪を少し揺らして私の横を通り過ぎようとした。

___無視?

「待って」
「……無理ですけど、離してもらえません?」
「どうして話すら聞こうとしないの?」

無視を貫き通そうとする彼を睨んでみせるけれど、動じもせずに、再び私から目を逸らした。


「あー……振られちゃったね、三年の先輩」
「仕方ないよ、流、今恋愛に興味ないっぽいから」


私の目的も知らないで、周りの人たちは一段と騒ぎ始める。


「よく見たらかわいいっすね、先輩?俺と付き合わねー?」

「っ……やめてください」

「うわ、年上なのに年上って感じしないね。ちょっとタイプかもー」


数人の男子のうちの一人が、ニヤニヤと笑みを浮かべながら私の手首を掴む。

……痛い。

手加減ってものを知らないの?と、イライラしながら相手を睨むも、それすらも逆効果らしい。


「ちょっと俺と保健室にでも___」

「わっ……」


抵抗すら叶わない男の人に強く引っ張られ、転んでしまいそうになった時、強く腕を引き戻された。

「っ……」


「やめとけよ」


私のお腹に回されたその腕は細そうに見えるものの、たくましくて。

前のめりになって転びそうだった私の体を軽々と支えたほどだった。


「お前ら、先帰ってて」


金髪の彼は、有無を言わせない雰囲気の声でそう言うと、私の腕を引っ張った。




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「あんたもこりない奴ですね」

「……突然押しかけて、ごめんなさい」

「本当に困るんですよね、あんたみたいなのがこっち来てもらうと」


初めて会った日の、あの教室。

西陽が差し込んで、オレンジ色に染まっていた。


「勉強、本当にやらないの?」

「……しつこい。俺に構う時間がもったいねぇって言ってんでしょーが」


まただ。曖昧に濁らせて、結局は自分を悪くするような言い方をする。


「違うでしょ。君がやりたいかやりたくないかでしょ?」

「……やりたくねぇから。俺とかに教えるってなると中学の内容からになるし」

「諦めてるんじゃん」

「……は?」


彼は、私のことをちらりと睨むと、軽くため息をついた。


「自分の中で今から勉強なんて遅いって、もう諦めてるんでしょ?やりたくないわけじゃないんでしょ?」

「……」

「……できるんじゃないかな、今からでも」

だって、その興味なさげな目は、きっと自分で自分にも向けているはずだから。

「絶対私がフォローするから。……もちろん本当に嫌なら来なくてもいい」

「だから嫌って___」

「ずっと待ってるから!この教室で!」


話、通じないな。と思っているだろう。だって、ほっといてくれって言ってもほっといてくれないのって相当嫌な気持ちだと思う。

でも、彼を変えたいと思っている自分がいたのだ。


そんな気持ちが、彼を邪魔するのかもしれないけれど。

もっと彼を知ってみたい、のかもしれない。


「待ってるから!」


遠ざかる彼の背中にそう叫んだ。