当時は、一度婚約を破棄された女性は、新しい相手を見つけることが困難な時代でしたから、私は勉学に打ち込み、好成績を残して進学しました。

 そして、希望していた研究機関に職を得て、良き友人や仲間に囲まれ、さらに職場で出会った男性と結婚できたのは、幸運だったと思います。

 愛しい子ども達にも恵まれ、私は本当に幸せでした。


 かつて婚約破棄をされたことなど、この50年の間、一度も思い出すことがなかったというのに、今このときになってふと思い出したのは、いよいよ、最期のときが近づいているのでしょうか。
 まだ、お礼を言いたい人が、たくさんいるというのに。


 私は、本当に、本当に幸せでした。

 夫と子ども達を残していくことは辛いですが、どうか、悲しまないで欲しいです。貴方たちが泣く姿を想像しただけで、私は、胸が潰れそうな気持ちになります。

 たくさんの幸せをありがとう。
 いつまでもいつまでも、愛しています。
 天国の両親と一緒に、見守っています。祈っています。

 これから、貴方たちに、苦しいことがないように。元気で長生きできるように。毎日、美味しいものを食べられるように。あたたか、な布団で休めるように。友人に恵まれるように。あと、あと……。