大抵、作品の冒頭なんかで、『この作品はフィクションです』っていうテロップが流れるけれど、ほんとうにそうだったら、どれだけ良かったことか。

 僕なんて『昨日彼女に振られてその次の日には、別の女と街を歩いている』という、周りから見たら、どう見てもクズ男の行動をしている。
 あぁ、どうかこれが夢であってほしい。夢から覚めたら、そこには、『何か見てはいけないものを見た』ような目をしている母親がいる……。なんてことはないのだろうか。
 それ以前に、知り合いとかに出会したらどうしよう。
 最近のネットというのは、あまりに怖い。すぐに撮られて、アップされて、拡散……。
 わーい、三学期からは人気ものだぞー。そうです、巷で有名なクズ男、稲月 永遠でーす。……あ、お腹痛い。
 陰キャ特有——というか僕の特技である妄想癖が始まって、はや十数分……一向に会話が続かない。
 もしも、ここにSEを付けるなら、『チーン』ってやつだ。あ、ホントに死ぬかも。 社会的に。それなら是非とも僕の秘蔵コレクションとともに……。

「あ。」

 僕の右隣を歩いていた雪葉が急に立ち止まった。そのおかげで僕の妄想劇は無事にエンドロールを迎え、現実に戻ってこられた。
 雪葉の方を向くと、まっすぐ前を見ながら立ち尽くしている。何かあったのかと思い、僕も同じ方向を向くとそこには、僕のクラスメイトの女の子達がいた。
 だいぶ遠目からだったので多分向こうは気がついていない。
 さっき、自分で知り合いに出会したら……なんて言っていたけれど、まさか現実になるなんて。
 僕の嫌な考えは、どうしてか当たってしまうんだ。
 しかも目の先にいる女の子達は僕とは違ってスクールカーストの上位。陽の中の陽キャだ。
 どうしようかとキョドっていると、右手が妙に暖かい。

「こっち! 」

 雪葉は僕の手を引っ張って元きた道を走り出す。訳が分からないまま、僕も雪葉の後ろを走った。走るたびに、雪葉と、僕の白い息が混ざり合う。風で彼女の髪がなびく。前髪がボサボサになった雪葉は、とっても楽しそうに走っていた。その笑顔につられて、僕もだんだん笑顔になる。
 ——ほんとに、雪葉は不思議なやつだ。
 とりあえず、人気のない神社に入った。二人して、腰を屈ませて、息を整える。
「いやぁー、走ったー!」
 雪葉は背伸びをしながら、楽しそうに笑う。全力で走って満足、という顔だ。
 対する僕は、というと。まぁ、ご想像の通り、息を切らし、最終的にはぜーぜーいうくらいまでヘトヘトになっている。
 雪葉とは違って、息を整えるのにもかなり時間がかかった。ほんと、かっこ悪い。
 やっとの思いで、息を整え思考も回るようになった。雪葉は、神社前の自販機で飲み物を買ってくれた。金欠だったらしいので二人とも冷たい水だったけれど。
 二人で階段に腰をかける。 水を流し込み、一息ついたあと僕はあることに気がついた。

「なんであの子たちが、僕のクラスメイトだって分かったの?」

 その言葉に水を流していた雪葉の手がぴたりと止まった。隣に座っていた雪葉の方を向くと、ペットボトルを持ったまま少し下を向いていた。
 何やら深刻そうな表情で、目を伏せている。
 そして、少し時間を置いて、ぱっと顔を上げ、僕の方を見る。

「実はね……。私、魔法使いなの!」

 STAY。まって。ストップ。は?なんて?魔法使い?mahoutukai?

『魔法使い』 主に、女児がなりたい!と言うか、憧れているもの。その名の通り、魔法を操ることが出来る。しかし、それはフィクションであり、現実には存在しない。その事実を知った大半の女児は泣き叫びながら大人になっていくという……。(永遠ペディア参照)

 頭の回転が追いつかない。目の前の少女は真剣な眼でこちらを見ている。しかも瞳はキラキラと輝いて……。
 言えない。こんなに純粋な子に『魔法使いなんて、いないんだよ』なんて言えない!あまりにも可哀想すぎるっ!まだ、心は透明なままでいてっ!

「そ、そーうかー。が、頑張れな、ま、魔法使い……。」

 彼女の輝かしい視線から目を逸らし、そんな言葉を雪葉にかける。
 さすがに棒読み過ぎただろうか。ほんとのことは言えなかったけれど、僕は雪葉の心を守ったのだ。一遍の悔いなし。
 感情が抑えきれず、拳を握ってガッツポーズをとる。その姿に、雪葉の目は丸くなっていた。
 そして、僕が自分の葛藤に称賛を送っていると、つい数時間前に聞いた事のある笑い声が響いた。

「あはははは!冗談、冗談に決まってるじゃない!魔法使いって……頑張れって……。ぷッ、あはははは!」

 また盛大に笑われた。ここまで笑ってくれると、怒りを通り越して清々しくなってくる。
 あ、でも僕の葛藤だけは返せ!
 僕的には、ここで感動的なシーンに突入しても良かったのだが、どうやら彼女は違うらしい。
 少し、頬を膨らませた僕を見て、雪葉はまた笑う。
「あー、ほんと面白い。君のそういうリアクション、嫌いじゃないよ?君は、変人だからね。」
 それがからかいなのか、それとも本心なのか。僕には分からなかった。
 けれど、彼女の瞳の中に映る僕の姿は、全て見抜かれてるように感じる。
 僕的には、是非ともからかいであって欲しいのだけど、それを言葉には出来なかった。
 僕は雪葉の考えが分からない。っというか、まだ会って数時間しか経ってないし。
 けれど、少なくとも、雪葉は僕のことを気に入ってくれているらしいので、そこは僕も、悪い気はしない。
 出会ってまだ数時間しか経っていないのにもかかわらず、僕の中で彼女への警戒心はいつの間にか無くなっていた。
 気が付くと、さっきまで重かった体は無事に回復したようだ。
 僕は重たい腰を上げて歩き始めた。
 靴で踏んだジャリが音をたてる。
 一歩前に出て、クルリと彼女の方を見た。
「で、次はどうするの? 帰る? 」
 我ながらいじわるな質問だ。けれどこれくらい許して欲しい。さっきの仕返しだ。
 雪葉は一度は不満げな顔をしたものの、また笑顔を取り戻す。しかも、さっきよりもずっと嬉しそうな笑顔だった。

「もちろん、まだまだ遊ぶ! 」

 その返答に僕は雪葉に背を向け、歩き始めた。雪葉はスキップ混じりで、僕の後を追う。

 相変わらず掴みどころのないやつだけど、これだけは分かってしまった。


 ——どうやら雪葉は変な人ほど魅力的に感じるらしい。

 雪葉に背を向けつつ、思い出したのはさっきの妄想劇だった。
 今日という日に出会った一人の少女。その子に出会った事で始まった冬休みという物語。
 結末はどうであれ、彼女との物語はどうやら現実らしい。
 もしもこれがノンフィクションなら、僕は神に願う。

 ——どうか、こんな変人との出会いがフィクションでありますようにと。

 神社で昼寝でもしているであろう神様が、僕の願いを聞いてくれていると思いつつ、僕達は神社を後にした。