そんなことを心配していたのに、家に帰って私達を出迎えたママは、また人が変わったみたいにころころと笑って喋った。

「お帰りなさい!どこ行ってたの?」

「うん。ちょっと友達と約束してて」

「そう」

リビングは綺麗に片付けられている。
薬も戸棚にきちんと仕舞われて、お酒の缶も見当たらない。

「掃除してたの?」

「うん、ちょっとね。散らかしちゃったから」

「大丈夫?」

「ダメね。お酒飲むとすぐ酔っちゃうんだから。お酒やめなきゃね」

ママは自分をたしなめるように笑った。
寂しそうな笑い方だった。

「ママ」

「ん?」

「明日学校行くから」

「え?何、急に。当たり前じゃない」

「私、辞めないよ」

「辞める?何言ってるの?」

不思議そうに私を見つめるママに、私は首を振った。

「ううん、なんでもない」

「おかしな子ね」

春華の手を引いて階段を上った。
部屋のドアを閉めて、振り返ったら春華は私から目を逸らした。

「なんでママは記憶が無くなってるの?」

「…ヨヅキに関わることだから?」

「さっきは真逆のこと言った」

「そうだっけ?」

「そうだよ」

「そうかも」

「何か隠してる?ずっとおかしいって思ってた」

「…ごめん。まだ話したくない」

「なんで?理由が分かんないままとか気持ち悪いよ」

「お願いヨヅキ。もうちょっとだけ時間ちょうだい」

「…絶対話してくれる?」

「うん。話すよ」

春華が何かを隠していることは確定した。
春華が願いを叶えるのを何度そばで見ていても私の記憶は消えない。

なのに″辻褄合わせ″でママの記憶は綺麗に消えた。

春華が話せないってことは良くないことなのかな。
すごく不安だったけれど、いつか話してくれるのを信じて待ってみよう。

「とにかく、今日は本当にありがとう。私の人生を戻してくれて」

「どういたしまして。もうバカなこと言わないでね」

「もー!バカバカってみんなうるさい!」

「あはは。ごめんね」

「春華」

「なぁに?」

「声、ちょっと低くなったね。大人になった」

「そうかな?はやく、もっと大人にならなきゃ」

そんなの…これ以上大人になんて…。
大人になるってことは私を置いて、ずっとずっと先の未来にいっちゃうってことだ。
春華が言ったようにこのままずっと八月はやって来なくて、私は誕生日を迎えなければこのままずっと、この距離で春華と生きていけるのに。

でもはやく…私が春華を忘れなきゃ、春華は生きていけないんだ。