「ごめんね」

注文したアイスカフェオレを一口飲んで、友達は「何が?」って言った。
分かっているくせに、今更とぼける必要も無いのに、友達は私の言葉を待った。

「学校のこと。昨日担任がホームルームで言って…驚いた」

「そうだよね」

「一言くらい相談…して欲しかった。私達全然そんな感じじゃなかったじゃん」

「そりゃ夜月達はそう思うよね。ずっと楽しそうだったもんね」

「楽しくなかったの?ずっと嫌な気持ちになってたの?学校に来れなくなるくらい?」

「ずっと…ってわけじゃないけど。孤独だなとは思ってたよ。夜月達と私の間には壁があるっていつも思ってた。分かんない話もいっぱいするし。入っていけないこといっぱいあった」

「それは配慮が足りてなくてごめんね。でもさ、私達は受け身になることを強制したつもりは無いよ。自分からも話題を出すことも必要だと思うし、コミニュケーションってそういうものでしょ?そりゃ入ってこれない話をいっぱいしちゃったのは申し訳ないと思う。でもそんな風に言って辞めちゃうなんて私達がいじめてたみたいじゃん…」

友達はストローをつまんでグラスの中のアイスカフェオレをぐるぐるとかき混ぜた。
氷が溶けた液体とカフェオレが分離しかけていたのが綺麗に混ざりあう。
友達は飲まなかった。

「結局、私を責める為に呼び出したの?」

「違う…ごめんね。また私の気持ちばっかり押し付けて。あのね、私も退学するって言ったって言ったじゃん」


「うん。本当に意味不明なんだけど」

「あはは…そうだよね。でもあの教室に居たらきっと分かるよ。担任の言葉、みんなの視線。私達がいじめてたんじゃないかって全員が思ってたと思う。私達が怖くて学校に来れないのなら私が居なくなれば解決するって思ったの。あなたはあの子と変わらず、卒業まで過ごせばいいじゃんって」

「バカじゃないの…無理に決まってんじゃん。夜月が辞めて私が復帰して、あの子が快く受け入れると思ってんの?」

「そう…だよね…。正直、同じこと言われたし、そんな形になってもみんなはもっと変な目で見ると思う」

「そりゃそうでしょ」

「私ね、私は…友達だと思ってたよ」

「…」

「私と一緒に居て誰かが傷ついたり悲しんだりしてるなんて思ってなかった。身勝手だよね。楽しくて当然でしょって思ってたってことだよね。本当に傲慢だったと思う。本当にごめんなさい」

「もういいよ。済んだことだから」

「済んでないよ。終わらせちゃダメなんだよ」

「なんで?もう終わったことだよ。明日には退学の手続きに行くし」

「本当にそれを望んでる?」

友達は黙って、真っ直ぐ私を見た。
すぐ近くに春華が居るし、春華の顔を知っているけれど、目ぶかに被った帽子で気づかれていないみたいだ。

「私が退学するって言った時にね、ある人が言ってくれたの。青春は取り戻したくても取り戻せないんだって。どんなに懐かしんだり後悔したりしても時間は絶対に戻せない。過去はやり直せない。色んなことに傷ついたりしんどくなっても私達は未来にしか進めない。その人だって私達と変わんない年齢なのにまるで見てきたように言うんだよね。おかしいよね」

「その人だって言ったんでしょ。時間は戻せない」

「でもまだ取り返しがつくよ。あなたはまだ退学はしてない。まだ教室に戻れる。みんなと一緒に卒業して、進んでいく未来で沢山のことを叶えていくの」

「何それ。なんかのセミナー?」

「ちゃんと聞いて」

「聞いてるよ…」

「一緒に教室に戻ろう?私とはもう前みたいには戻れないかもしれない。でもあなたが笑って過ごせる毎日は約束できる」

「なんで?夜月に何ができるって言うのよ」

「願いは何?」

「は?」

「あの教室で、叶えたい願いがあるよね?それが叶わないからしんどくなっちゃったんだよね?それを、私達を見ながら何度も願ってたんじゃないかなって思ったの。私達がその願いを何度も踏みにじったんだよね」

「本当に何言ってんの?願いなんて…!」

「あるでしょ?」

「そんなの…」

「お願い。誤魔化さないで。願いは何?これで最後でいい。最後に一回だけ私を信じて欲しい」

「私は…」

「うん」

「私は…友達が…」

盗み見た春華の右手がテーブルのかげで僅かな光を灯した。
持っていたココアのカップをそっとテーブルに置いて、春華は目を閉じて俯いた。

「親友が欲しかった…!」