春華のお腹が鳴る音がした。
二人で顔を見合わせて笑った。

「もう八時だね。お腹空いたよね。ちょっと待っててね」

「どこ行くの?」

「リビング」

「大丈夫?」

「うん。春華は待ってて」

一階に下りた。
暗いリビングにはテレビの灯りだけが煌々と照らされている。

観ているのか流しているだけなのか分からないけれどママはジッとテレビを見つめている。

スナック菓子の袋とお酒の缶を、ママの手が一定のリズムで行ったり来たりしている。

「ママ、このカップ麺食べていい?」

「…」

「貰うね。春華もお腹空いたみたいだから」

こっちを振り返ったママはうつろな目で私を見ただけで何も言わない。

「ママもご飯ちゃんと…ううん、なんでもない。おやすみなさい」

沸いたお湯をカップ麺に注いで、冷蔵庫からペットボトルのお茶を二本取ってお盆に乗せる。

リビングが暗いから気をつけながら部屋を出た。
テレビの灯りだけが頼りだった。

その夜、春華と二人で食べた、食べ慣れたカップ麺は今まで食べた中で一番おいしかった。
カップ麺なんてこの家に来てから初めて食べたって言う春華に、今更もう驚かなかったし、じゃあ未来にはどんな食べ物があるの、とも聞かなかった。

春華が生きる世界のことは知らなくていい。
春華も同じように、私と生きていく未来を望んで欲しいって思った。

このまま誰も、春華が元の世界に戻ることを願わないでって思った。

春華は言った。
私が忘れるその日まで、この世界で私のそばに居るって。

その約束をあと何日繋いでいけるだろう。

毎朝目が覚めて、最初に春華の記憶があることを確かめる。
眠たそうに目をこする春華の顔を見て、私はやっと息の仕方を思い出す。

君の存在が全てになっていた。
私の感情も思考も、全部が春華だった。

君を忘れてしまったら、私は全部が″嘘″になるって本気で思った。
君に「好き」だって伝えられる毎日がこんなにも奇跡だったなんて知りたくなかったよ。