「きっかけは些細なことだった」

「何があったの」

「お姉ちゃんが高校一年生の時にね、流行っていたアーティストが居て…アーティストって分かる?」

「歌をうたう人達でしょ?俺の時代にも音楽はあるよ」

「そっか。音楽はずっとあるんだね。良かった」

春華が笑う。
途端に、ずっと息苦しかったことを実感して、一気に肺に酸素を送り込んだ。

息を止めていたわけではもちろん無いけれど、この空気感がずっと苦しかった。
春華の笑顔で私は普通に呼吸ができる。
春華が居なきゃそんな当たり前のこともちゃんとできないかもしれないって思うと怖かった。

「すごく人気のアーティストでね、解散ライブのツアーをすることになって」

「もう解散しちゃったんだ」

「うん。私も大好きだったから悲しかったなぁ。お姉ちゃんが高一で、私が中二の時。去年の春華と同じ歳だね」

「そのライブに行ったの?」

「ううん。私達のこの県にも来ることになったんだけど、そのチケットを取り合おうよってお姉ちゃんはグループの女子達と約束したんだって」

「グループ?」

「学校ではね、女子はグループで行動するものなの。一緒にお弁当を食べたり教室を移動したり、休み時間もトイレも、放課後も。別にそういうルールがあるわけじゃ無い。でもそうすることで自分の居場所を確立しないと安心できないの」

「ふーん。大変だな」

「そうかもね…。それでお姉ちゃんは約束したんだけど、実際はチケットの申し込みを忘れてた。当選発表の日、“ハズれてたよ″って嘘をついた。でも違うグループの子に″本当は忘れてたんだよね”って笑い話みたいに軽く話したらバラされちゃったの」

「お姉ちゃんはその子を信用してたの?」

「分かんない。本当に軽く話しただけじゃないのかな。でもそれが引き金だった。口は災いの元。一度口から出た言葉は取り消せない。どんなに取り繕っても。記憶でも消さない限り」

世界規模で国家を脅かすかもしれないことでも春華の世界でなら変えられるのかもしれない。

実際、春華はやり直しができた。
でも私達の世界は、お姉ちゃんが生きる世界は違う。

ほんの小さな教室の世界だって、一度始まったことは変えられない。

たった一人の人生が変わる音は、たぶんお姉ちゃんの中にしか聴こえていなくて、
きっとみんなただの憂さ晴らしで、暇潰しだった。