「パパは″いい人″だった。結婚する前は一緒に遅くまでゲームしてくれたり、莉奈ちゃんの猫を探しに行った公園よりもずっとずっと大きい公園に遊びに連れて行ってくれたり。大好きだった。結婚するって聞いた時も反対なんてしなかった」

「過去形ってことは、そうじゃなくなったの?」

「実際にね、私にとっては初めての″父親″だった。今まで父の日…っていう行事が今の時代にはあるんだけど。父親に感謝する日ね。そんな日もおじいちゃんの似顔絵を描いたりして、その絵を見た友達に″お前のお父さん、じいちゃんじゃん″ってからかわれたりして。私はおじいちゃんが大好きだからバカにされて悲しかった。でもね、″お父さん″ができて、それが現実になると私の気持ちは″当たり前の家族″って形に追いつけなかった」

私がどれだけ話しても春華に伝わることはすごく少ないかもしれない。
それでも春華は真剣に聞いてくれた。
私の悲しさを共有するみたいに。ずっとそばで。

「今まで″お兄ちゃん″って呼んでたのに、急に随分と頑張って″パパ″って呼ぶようになった。小学三年生の時だった。あの、制服を貰うことに協力してくれた子と同じくらいの時ね」

「まだ小さい時だね」

「うん。思えば″他人″の男の人が一緒に暮らすなんてよく理解できなくて、私…いつからかパパに点数をつけるようになってた」

「点数?」

「今日は私のお願いを聞いてくれなかったからゼロ点だとか、大きなデパートに連れて行ってくれたけど、おもちゃを買ってくれなかったから四十点だとか。本当に最低だった。こんなに良くない点数ばっかりなんだから仲良くなれなくてもしょうがないって言い聞かせてた。点数のことはさすがに本人には言わないけど、私はたぶん、パパの心を殺してた。そのうちに″反抗期″って言ってね。中学生くらいになったら、なんか妙にかっこつけたかったり、親が言うこと何もかもにムカついちゃったり、そういう時期があるんだけど、私もそうなって、だからパパと仲良くできなくて当たり前だってますます自分のことを正当化したの。本当は何をやっても叱らない、逆にママがどれだけ私と言い合っても見て見ぬふりをするパパに悲しいって気持ちもあった。先にパパを遠ざけたのは私なのに…」

「この世界がそうなの?」

春華の言葉に心臓がドクンって大きく動いた気がした。

「違う!春華、これは私が悪いの」

「ヨヅキが?」

「そうだよ。血なんか繋がっていなくったって尊重し合える、ずっとずっと大好きでいられる家族は沢山存在してる。私はパパに悪いことをされたわけじゃ無いのに、私の心は何故か受け入れられなかっただけ。それがなんでかなんて分かんないんだよ…。ただ私が悪い子だっただけ」

「ごめんね」って春華が言って、私の頭を撫でた。

「ごめんね。俺は″家族″が分からないから、ヨヅキを分かってあげられなくて。それがリコンの原因なの?」

「それも原因じゃないとは言い切れない。お姉ちゃんが…」

「お姉ちゃん?」

「…イジメに遭ったの」

「イジメ…」

春華はきっと、願いを叶えることを失敗したバスケチームのことを思い出している。
イジメは心から死んでいくことを、どれだけ当たり前の常識でも判別がつかなくなってしまうことを、イジメはその人の何もかもを変えてしまうことを、春華は痛いくらいに知っていた。