「ごめんください。えっと、隣の…」

「あら、夜月ちゃん?ちょっと待ってね」

プツッて音が小さくなって、玄関の奥からパタパタと足音が聞こえてきた。
私は″隣の″って言っただけで名乗っていない。

おばさんはちょっと不用心かもしれない。
うちに高校生の娘が居るって知っていれば偽装なんて簡単だ。

声だけで確信したんだろうか。
いや、きっとインターホンのモニターがあって、私が映っていたんだろうな。
うちだってそのタイプのインターホンだ。

春華と出会ってからというもの、想像を超えたことが起こりすぎていて、何かと疑心暗鬼になり過ぎている。
私はおばさんに信用されている。
そう喜ぶべきだ。

「夜月ちゃん!明けましておめでとう!」

「あ、おめでとうございます。すみません、ご挨拶が遅くなって」

「いいのよー!うちの子と仲良くしてくれてありがとね。三年で同じクラスになったらよろしくね。あの子、人見知りだから」

「こちらこそです。幼馴染が居て心強いです」

「夜月ちゃんは大丈夫よ。うちの子と違って明るいもの」

そんなんことは無い。
私は人前で嫌われたくなくてニコニコして、本当は心の中で思っていることがあっても話を合わせているけれど、ここのおうちの子は本当に優しい子だ。

お隣さんだから幼稚園の頃から知っている。
大人しい子ではあるけれど、いつでも親切で、思いやりが溢れている子だ。

「夜月ちゃん、今日はどうしたの?」

「はい。実はお願いがあって」

「お願い?」

「おいで」

手招きして、男の子を呼んだ。
こんなに小さいのに使命を果たそうと、男の子はアニメの勇者みたいな表情をしている。

「あら。こんにちは。ママは元気?」

「うん!夕方にお買い物に行くって!」

「そう。じゃあおばさんも行こうかしら。夜月ちゃん、この子と知り合いだったのね」

「えっと、さっきたまたま会って」

「そうなの?」

「こちらの家の前で悩んでるみたいだったので…」

「悩んでる?」

「…言える?」

「うん!」

うちとお隣さんの外壁に隠れるようにして春華がこちらを見ていた。
ゆっくりと頷いた私に応えるように、春華もゆっくり頷いた。

「じゃあ、言ってごらん」

男の子の背中に触れる。
ボーイスカウトみたいにピンっと背筋を伸ばして、男の子が大きな声で言った。

「お兄ちゃんの高校の制服が欲しいんだ!」