「それじゃあ明日から始めよっか」

「うん。本当にありがとう」

コンコン、ってドアがノックされた。
返事をしたらママがドアをちょっと開けて、「調子はどう?」って訊いてきた。

「うん。もう平気だよ。シチューできたの?いい匂いがする」

「えぇ。食べられそうなら下りてらっしゃい」

「ありがと。行くね」

ママが階段を下りていく音が聞こえた。

春華が「美味しそうな匂いだね」って言った。
とても大切な話をしていたのに、私達のお腹はペコペコだった。

リビングのテレビでは相変わらず大通り広場での事故が報道されている。

広場に居た人達がインタビューされていた。
歩道橋の下に居た人も、誰も春華のことは記憶に無かった。
目撃証言すら無かった。

サンタの男性は生きているらしい。

春華がコントロールしたことなのか、重要案件は犯さなかったことになる。
みんなの記憶も無い。

春華は一つ、修行をクリアした。

自分には全然関係の無い出来事みたいにテレビには見向きもしないで、春華はビーフシチューを嬉しそうに食べた。

来年のクリスマスも食べたいって言って、ママを喜ばせた。

来年のクリスマス。
春華がやって来て、一年とちょっとが過ぎた頃だ。
もしかしたらまだここに居る可能性だってある。

春華が元の世界に戻る前に私の願いが叶えられれば記憶は消えるし、願いを叶えられなかった場合、ただ関わっていただけの人の中に記憶は残ったまま、ここを離れることになる。

春華を忘れてしまうことと引き換えに、私が叶えて欲しいことってなんだろう。

憶えておけるのなら何も叶わなくてもいいのかもしれない。

奇跡が起きればまた会えるかもしれない。
そう思って生きていけたほうがずっと救いになる気がした。