その時をもう一度なぞるように、目を閉じて春華はゆっくりと願いを口にした。

「春華も人生で一度だけの願いを使ったの?」

春華は首を横に振った。
「違うよ」って言った声はかすれている。

「俺達は人生で一度だけじゃないし、記憶も消えない。一年に一度、叶えてもらえるんだ。同じグループ内だけでね。グループを越えればもう一生叶えてもらえなくなるし、記憶も消える」

「普通の…人間に戻るんだね」

今度は頷いた春華の手を握り返した。
ニコッて笑った顔は弱々しい。

「世界は元に戻った。俺にはさすがにそこまでの力は無い。リーダーの力の強大さを思い知った。俺は重要案件を犯してるし、失敗もした。機関を破滅にも追いやった。一年間、産まれたラボに隔離されて、下働きとかラボの稼働に携わって過ごした。力を使うことも禁じられた。怖くなってた俺には罰でもなんでもなくて、救われたと思ってた」

「今は?なんで力を使えるようになったの?」

「謹慎の一年間が終わって、グループに戻った時、もう一度願ったんだ」

「何を?」

「世界が忘れる為の修行を」

「世界が忘れる?」

「俺は力を使うことに失敗した。こんな失敗はよっぽどのことが無い限り起こらない。劣等生のレッテルを貼られたけど、だからと言って一生力を使わないわけにはいかない。滅多に産まれる力じゃ無いからね」

「春華がどれだけ願っても力を無くすわけにはいかないんだね」

「うん。だからちゃんと力が俺に定着するように修行に行くことになった。俺が生きてる世界にはもう力の存在が少なからず囁かれてる。だからまったくそんな物が存在しない場所での修行が必要だった」

「それでここを選んだの?」

「きっかり千年前。まだ大きく時代が変わる前。そして」

「桜の咲く世界?」

春華はゆっくりと目を閉じて、「世界が俺を忘れますように」って言葉にした。