「バラされたの?」

「記憶を消せなかった」

「願いを叶えたのに?」

「うん。どういうわけか願いを叶えた一秒後も、そいつははっきりと俺のことも、俺がやったことも憶えてた」

忌々しい物を見るみたいに春華は眉間に皺を寄せて、なんにも無い宙を睨みつけた。
失敗した対象者が目の前に居るみたいに。

「憶えられてたら困ることをやったの?」

「そりゃ困るよ。俺達の存在は特級国家機密だ。それにそいつの願いは力を使うにしても重要案件。リーダーの許可が必要な案件だったんだ」

「どんなこと?」

「人を殺した」

まだ、あどけなさの残る少年が口にするには、その言葉は物騒すぎる。

精神的になのか、肉体的になのか。
殺人が重要な罪に問われるのは今の時代だって同じだ。
それはずっと、絶対に変わらない。

どんな理由であっても、そうしないと救われなかったとしても。

「それって、そのままの意味?」

「そうだよ」

「なんで?」

「これはリーダーが持ってきた案件だった。俺達は学校には通ったことが無い。でも教養を学べる場所はある。スポーツもできる。自由に通えるんだ。ヨヅキ達みたいに学年とかクラス分けとか無くて、自分がその日に学びたいことを自由に選択できる」

「へぇ。それってすごくいいね。ムダが削ぎ落とされるし、個人によって能力が尊重されてるって感じがする」

「俺もたまに行ってたんだけどさ、同い年の男子が居たんだ。そいつ、バスケのチームにも入っててさ」

「バスケとか残ってるんだ」

「スポーツは今とあんまり変わんないんじゃないかな。空のスポーツも多いけど」

「空の…スポーツ」

「それで、そいつはバスケにけっこう力を入れてたんだけど、コーチにイジめられてたんだ」

「そんなに時代が進んでもイジメって無くならないんだね。個人がどれだけ尊重される時代になっても、他者を蔑まないと自分を保てないのは悲しいね」

「うん…。そいつ、バスケも周りに比べてすげぇ上手くてさ、発言権もあったからコーチと言い合いになることも多かったらしいんだ。だんだん疎ましく思われるようになって、試合のメンバーにも入れて貰えない、理不尽な説教とか体罰とか…」

「なんでやり返さないの?元々強そうじゃない」

「そういうことを繰り返されると、最初に心が死ぬんだと思う。言い返す気力も、やり返す気力も奪われて、だんだんと自分を責め始める。大好きだったバスケチームが地獄になって、別に誰かに強制されてるわけじゃないんだからいつでも抜けられたのに、正しい判断すらできなくなってた」

まるで自分のことみたいに傷ついた表情をした春華は、深い溜め息をついて、天井を見上げた。