「ねぇ、春華」

「ん?」

「春を知ってるの?」

「もちろん。春生まれだからね」

「初めてうちに来た日、ママが“春生まれなの?”って聞いたら春華は“桜が咲く季節だよ”って、春を知らないみたいな言い方をした。どうして?」

聞かれたくないことだったのか、春華は答えることにためらっているみたいだった。

春華は分かりやすい。
言葉にしやすいことや私に聞いて欲しいことはなんでも話してくれるのに、それ以外のことは言葉に詰まったり、困った顔をする。

それでも最後まで話さないままってことは無かった。
出会ったばっかりの私のことを、なぜか春華は信じていた。

自分で言うのもおかしいけれど、そんな風に感じた。
春華はいつでも私に解って欲しそうだった。

「桜が咲くのが春だってちゃんと知りたかったから」

やっぱり春華の言葉はよく分からないことが多い。

私が常識だと思っていることと、春華が常識だと思っていることの差を埋めることはできるのかな。

「ごめんね、春華。それってどういう意味?」

「千年後の俺が生きてる世界では、桜は咲かない」

自分が当たり前だと思って通り過ぎる風景が、千年後の未来には存在しない。

それがどの時代からの話なのか私は知り得ない。

私が美しいと感じる物も、おいしいと感じる物も、春華は知らずに生きている。

「桜…春夏秋冬の植物を見たこと無いの?」

「まったく無いわけじゃないよ。千年後にも当然大地はあるからね。でも桜は無いんだ。解析されたデータや絵でしか見たことが無い」

「なんで桜のことを知りたかったの?」

「大切な人が…大切にした物だったから」