「あら?もう帰ったの?」

家を出てからまだ、一時間経ったかどうかだった。
ママが不思議そうにするのも当然だった。

「ママさん、ヨヅキがちょっと体調悪いみたいなんだ。ちょっと部屋で休ませてくるね」

「夜月、そうなの?大丈夫?」

「ん…うん…風邪とかじゃないから。貧血かなぁ」

「病院行く?この時間ならまだ…」

「ママ、大丈夫だから。ちょっと寝れば治ると思う。ごめん、ビーフシチュー楽しみにしてる」

「食べられそう?ママ、頑張って美味しく作るわね」

「ママさん、ありがとう」

春華が咄嗟についた嘘に、咄嗟に話を合わせた私。

家に着く前に口裏を合わせたわけじゃない。
でもなんとなく、もうさすがに気づき始めていた。

あんなことが目の前で突然起きたのに、まったく動揺を見せない春華。
歩道橋の下で、男性を不自然に誘導していたこと。

きっと春華が何かやったんだ。
でもどうやって?

春華はずっと私と男性のそばに居たのに。
手も触れずに人間を突き落とせるはずが無い。

でも春華は絶対に無関係じゃないってことは、はっきりと分かっていた。

だから私は春華の言うことに口裏を合わせた。
自然と二人きりになるように。

ママが流しっぱなしにしていたテレビのニュースでは緊急速報が流れていて、既に駆けつけたテレビ局の人達が“事件現場”を報道している。

ママは流れてきた速報に釘付けになった。

「ねぇ…ここ、あの広場よね!?」

「うん…そう…」

「あなた達まさか巻き込まれたの!?」

ママが私のそばまで来て肩を掴んだ。
その手をそっと肩から外して、ママをなだめる。

「そんなんじゃないよ。ただ近くに居たから…ショックだったの…。ごめん、本当にもう休ませて」

「そう…そうね…ごめんなさい。ゆっくり休んできなさい」

「うん。ありがとう」

「ヨヅキ、大丈夫?」

春華が私の手を引いて、リビングから出た。
気をつけて、って言いながら、階段で転んだりしないようにずっと支えてくれていた。

春華がやったかもしれないことをママには聞かせちゃいけない。
だから二人だけでちゃんと話をしないと。

本当は君が何者なのか。
それを知っても私は春華の存在を受け入れることができる?

このまま一緒に暮らしていけるの?