「ママ」

年が明けてからママは保育士として復帰した。
ママのお友達が経営している託児所が人手不足で目が回るくらいの大忙しで、“保育士として復帰したい”って言ったママを託児所の人達はまるで海外の大スターが来日でもしたかのように大歓迎した。

仕事に復帰したママは前よりグッと生き生きとして輝いていた。

そんなママが私は羨ましかった。
私はまだ胸を張って好きだって言える物に出会えたことが無い。

学校も友達も当たり障りなく、平和主義でやってきたし、彼氏が居た時も大恋愛になんて発展したことが無い。

輝いているママは、それでもまだまだ綱渡り状態で毎日を過ごしている。
ママにとっての今の平穏を、家族として私も一緒に守ることができるのなら…。

「どうしたの?」

「明日も仕事だよね?」

「そうよ。ごめんねー、卒業式行けなくて」

「それは全然いいんだけど。忙しいだろうし。それより、あのさ…」

「どうしたの?」

「卒業式が終わったら四月まで春休みだからさ、お姉ちゃんに会いに行かない?」

ママはパラパラとめくっていた雑誌から視線を上げて私を見た。
ちょっとだけ眉間に皺が寄っている。

「お姉ちゃんに?」

「うん。どうかな?」

「なんの為に?」

「なんの為にってこと無いでしょ?家族なんだから。私、姪っ子にもそろそろ会いたいよ。ママだって孫ちゃんに会いたいでしょ?」

「…あの子はもう家を出てるの。向こうのご両親のご都合だってあるでしょ」

「そんな、家業があるわけでも無いのに勘当したみたいな言い方しないでよ。うちを出たからって家族じゃなくなるわけじゃないじゃん。私達は家族だよ?」

「どうしたのよ夜月」

開いたままだった雑誌を閉じて、ママは、「座ったら?」って私をママの隣に促した。

「…あのね、私もうこのままは嫌なんだ」

「嫌って?」

「私、ずっと言えなかったけどお姉ちゃんが大好きだった。でも憎み合って言い争いが絶えなかった家族が大嫌いだった」

「それはあの子が…!」

「だからだよ。お姉ちゃんが一方的に悪いって決めつけたママもパパも、ちゃんと助けてって言えなかったお姉ちゃんも、孤独になったって勝手に卑屈になって逃げた私も、みんなが悪かった。もっともっと話さなきゃいけないことがあった。聞かなきゃいけなかったし、寄り添わなきゃいけなかった。家族なのに、私達みんながおかしかったんだよ」

「だからってもう…」

「遅くないよ。お姉ちゃんはママになった。今なら分かり合えるんじゃない?お姉ちゃんだってあの頃のママの気持ちも理解できるようになったと思うよ。私、家族をやり直したいんだ。もう一緒に暮らすことはできなくてもさ、家族だって胸を張って言えるように」