「ねぇ、待って」

カフェに入ろうとドアに手を掛けた私の腕を春華が引いた。

「どうしたの?」

「サンタさん」

イルミネーションの点灯式が行われる広場は、大通りを挟んでカフェの向かい側にあって、広場に行くには歩道橋を渡らなければいけない。
春華はその歩道橋を見上げて言った。

春華の目線を辿ったら、歩道橋の上から広場を眺めているサンタコスの人が居た。
遠目からだけど、たぶん三十代くらいの男性だった。

「前に本で絵を見たことがある。本当に居るんだ」

「え?春華ってば純粋だね」

「え?」

「いや…何も…」

春華は目を細めて歩道橋の上のサンタさんをじっくり見ている。
視力が悪いのかもしれない。
やけにじっくりとサンタさんを観察する春華を邪魔しちゃいけない気がした。

だけど春華が突然走り出した。
急に走り出すもんだからポカンとしてしまったけれど慌てて私も走って春華を追いかけた。

「ちょっと…春華!どうしたの!」

春華は振り返らない。
足が速い。
運動不足の私はすぐに息が切れてしまう。

必死に追いかけていたら春華が突然立ち止まるから、私も自分の足に急ブレーキをかけた。

「もう…一体なんなの…」

肩で一生懸命息をつく私のことなんてお構いなしに、春華は前を通り過ぎようとした見ず知らずの二十代くらいの男性に声を掛け始めた。

「すみません!クリスマスですね!」

「は?君、誰?」

「クリスマス、誰と過ごすんですか?」

「は?なんでそんなことお前に…」

「あのサンタさん、ムカつきません?」

「ちょっと春華!何言ってんのよ!すみません…この子ちょっと変わってて…」

「お兄さん、あのサンタさんね、幸せそうな恋人達にクリスマスのプレゼントでも配るんですかね?俺、彼女なんて居ないから鬱陶しいなぁ」

「…はは。まぁ、確かにな」

「ちょっと何同意してるんですか…」

「お兄さんも思うでしょ?恋人達ばっかりこれ以上いい目見るなって」

「まぁな」

イカつい見た目のお兄さんは、申し訳ないけれど、今夜一人で大人しく過ごしそうなタイプには見えない。
自分だってこれから誰かと待ち合わせかもしれないのに、明らかに春華に悪ノリしている。

「じゃあ声に出して言ってみましょうよ」

「言うって、何を」

「サンタなんて消えちゃえって」

「春華?」

「お前、なんかのセミナーの勧誘かなんかか?まぁいいや。俺はガキにも付き合ってやる優しいお兄さんだからな」

「さっすが!じゃあお願いします」

「はいはい。あー!サンタなんて消えちゃえ、バーカ!」