夏休みが明けてすぐ、全校生徒集まっての紅白対面式が行われた。
大人数の前で応援団に就任した旨と体育祭への意気込みを述べる。
体育館のステージから見下ろす光景に、卒倒しそうだった。
ステージに登壇するのも生まれて初めての経験だというのに、ステージの下から集まって来る全校生徒の視線に、頭がくらくらした。
この時初めて着た応援団の正装ともいえる学ランの中で、私はびっしょり汗をかいていた。
九月の残暑厳しい体育館の暑さと緊張で、尋常ではない汗の量だった。
ちなみに女子で学ランを着ているのは私だけだ。
他の女子応援団は、華やかなチアリーダーの格好をしている。
紅組団長である一ノ瀬君の自己紹介と所信表明が終わると、私の番だった。
マイクなんて使わない。
地声で体育館の後ろまで声を飛ばすのが、この対面式の伝統だ。
もうすでに、ここから勝負は始まっていると言っても過言ではない。
それなのに、
「し、白組、団長の、よ、吉川、楓です。よ、よろしくお願いします」
私の体からは、かすれた小さな声しか出なかった。
ときどき声がひっくり返って、みっともない。
どこを見て話せばいいのか、どこから声を出せばいいのか、頭が真っ白になるばかりで何もわからなかった。
用意していた意気込みもどこかにすっ飛び、「が、頑張りますので、よ、よろしくお願いします」と言うのが精いっぱいだった。
声は当然震えていて、早口になった。
応援団全員の自己紹介と所信表明が終わると、向き合って握手を交わす。
私の握手の相手はもちろん、団長の一ノ瀬君だ。
差し出された手に、手を伸ばした。
お互いの手をがっしりと掴んで、熱く固い握手を交わす。
瞳には闘志をみなぎらせて、本番前からバチバチバトル……というのが、私が二年間、目にしてきた光景だ。
だけど、チバチとさせる余裕なんてなかった。
相手の手に触れるのが精一杯で、目を見ることなんてできない。
そんな私のことなどつゆ知らず、体育館には割れんばかりの拍手がどっと起こった。
バチバチとした拍手の衝撃音を、体全体で受け止めた。
その中に、うっすらと声が聞こえた。
「なんで女子なん?」
拍手の中で聞こえたその声の方に、私はゆっくりと視線を向けた。
一ノ瀬君の鋭い目が、私を見降ろしていた。
「……え?」
「白組はナメてんの? 団長に女子もってくるとか」
「え? えっと……」
「お前みたいなのが団長で大丈夫なの? 学ラン似合ってないし、こんなほっそい腕で、団旗振れんの?」
冷たい汗が、ダラダラと流れ始める。
「女子に団長なんて無理だろ」
一ノ瀬君の氷のように冷たい声で、私の体が完全に固まった。
拍手が鳴りやむと、一ノ瀬君は何事もなかったかのように手をすっと離した。
私は動けないでいた。
「吉川さん」と星君が後ろから声をかけてくれてようやく、我に返った。
握手の相手を失くした私の手は、虚空を掴んでいた。
はっとした時には、他の団員はすでにステージから降りようとしていた。
私も慌ててみんなを追いかけて降壇した。
所信表明するときよりも、手がぐっしょり濡れていた。
ちらりと紅組の方を見ると、降壇する一ノ瀬君が手のひらをこすり合わせて、怪訝な顔で手の汗をぬぐっているのが見えた。