だから、立候補した。
応援団長に。
応援団となった生徒たちが集まる団結式で、私は勇気を出して団長に手を挙げた。
その時の私を見るみんなの顔は、今でも忘れられない。
__え? なんで?
見事なまでのきょとん顔だ。
そんな視線をつきつけられて、私は挙げた手を一度は下ろしかけた。
だけど、ひるまず挙げ続けた。
「えっと……」と白組顧問の先生までもが絶句する。
その反応も、わからなくもない。
恥ずかしがり屋で引っ込み思案で、授業にも行事にも積極性が見られず、何かの代表やリーダーになって場を仕切ったりまとめ上げたりするタイプでもなければ、実際やったこともない私が応援団に立候補することすら驚きなのに、応援団長に手を挙げるなんて、先生も思いもしなかったのだろう。
先生は視線を泳がせた後、ある一点に着地した。
「星は、どうだ?」
みんなの視線が、私の隣にいる星君に注がれた。
その目には、期待と懇願に満ちていた。
__やるよね?
そう言っている。
そりゃあ、星君が団長に一番ふさわしいと、私も思っている。
みんなと同じように。
星君は私と同じクラスで、この学校の生徒会長だ。
成績優秀でスポーツ万能。
誰にでも優しくて、みんなの人気者だ。
星君はこれまでも学級代表や生徒会の役員もいくつかやっている。
部活では吹奏楽部の部長もしていた。
リーダーシップがあって、みんなから慕われて、先生からの信用も厚い。
とにかく、いい人。
それが、星君。
星君をおいて団長の器を持つ人はいない。
当然、星君が団長になるものだとみんな思っていただろう。
たぶん星君自信も、そう踏んでいたと思う。
だけどここで星君が、「みんなが言うなら、じゃあ……」と言ってしまったら、そこで私のこの勇気はなかったことになり、私の夢や憧れはついえる。
私は星君の返事を待つ間も、この手を下ろそうとしなかった。
決して、怖気づいて下ろしてしまわないように、震える腕をもう一方の手で支えた。
星君は「うーん……」とどこか楽し気に思案してから言った。
「いいんじゃない? 吉川さんで」
みんなの瞳が、一斉に大きく膨らんだ。
「あの……星君は、やりたくないの? 団長」
私の向かいにいた女子が、おずおずと聞いた。
「面白そうだなとは思うけど、僕は生徒会の仕事もあるから」
「でもさ、団長だよ? ここはやっぱり、星君じゃないと……」
「どうして僕なの?」
「だって、頼り甲斐あるし、みんなを引っ張ていくのも上手だし。みんなからの信用もあるし」
「それに、団長のイメージもあるしな」
みんなが口々に言うのを、星君は、「そういうのは、団長になった人の行動次第で後からついてくるもんじゃない?」とさらりとかわす。
「やりたいって手を挙げてくれる人がいるんだよ。それはありがたいことだし、その意欲は尊重すべきだと思う」
「でも……」
みんなの不安と不満の入り混じった目が私を見る。
その目に押しつぶされそうだった。
__やっぱり、私じゃ、ダメなんだ。
そっと手を下ろしかけた、その時だ。
「完璧な人間なんていないよ」
星君の言葉に、みんながピクリと反応し、私から星君に視線が移る。
「応援団は、一つのチームだ。白組をまとめ上げるのが、僕たち応援団の仕事だ。団長一人の仕事じゃない。団長はあくまで団の代表。団結力は、団長一人の力で何とかなるもんじゃない。みんなで作っていくものだ。僕たち応援団全員で」
星君の言葉には、説得力しかない。一瞬でみんなが口をつぐんだ。
「僕は吉川さんに団長をお願いしたい」
こちらに向けられた力強く光る目もとに、胸が爆ぜる。
「みんな、どうかな? 吉川さんの熱い気持ちは、きっと白組を引っ張っていけるって、僕は思うんだ。吉川さんを筆頭に、みんなで優勝旗、取りに行こうよ」
星君の青春の輝きを帯びた言葉に、みんなが「うん」と首を縦に振る。
その動きは実にぎこちなく、顔には苦笑いが浮かんでいた。