男の挑発的な物言いに、篠原はこめかみをピクピクと動かしながら後退りし、そして舌打ちをして、駅の方に走って行った。

 紫遥は全身の力が抜け、へなへなとその場に座り込んだ。手足は震え、心臓の音が身体中に響いていた。

「先輩、大丈夫ですか」

 そう言って紫遥に手を差し出した男は、湊だった。

「なんで、ここに……」

「いや、ちょっと用があって先輩の家の前で待ってたんですけど、そしたら男の人と二人で帰ってきて、突然抱き合ってるし、と思ったら先輩すごい顔で固まってて、ヤバそうだったんで声かけました。念のため聞きますけど、俺、邪魔はしてないですよね?」

「うん……すごく助かった。ありがとう」

 そう言って紫遥はなんとか力を振り絞り、しかし差し出された湊の手を掴むことはなく、地べたのコンクリートを手のひらでぎゅっと押し上げ、立ち上がった。