頭の中で篠原の言葉を反芻する。
 
「仮屋が合コンに行くのが嫌なんだ」

 彼は間違いなくそう言った。

 しかし、なぜ自分が合コンに行くことが嫌なのか、いくら考えても理解できなかった。上司が口を出すには、あまりにもプライベートな話だ。

 紫遥がなんと返事しようか迷いつつ、視線を泳がせていると、篠原が耐えきれず、こう言った。

 「仮屋のことが心配なんだ。昨日の昼間も、変な男に声をかけられて困ってただろう?知り合いだと言ってたが、実はストーカーか何かじゃないのか?」

 昨日の昼、オフィスビルのロビーで自分たちを見ていたのは香奈子たちだけではなく、あの場には篠原もいたようだ。

 正義感が強い篠原らしく、単に部下のことを心配して言っているのだとわかり、紫遥は少し安心して誤解を解こうと口を開いた。

「いえ、彼はただの知り合いです。ずっと前から貸していたものがあって、ちょうど近くに来たというので、受け取っていました」

「なんだ、そうだったのか」

 何度も練習した言い訳をスラスラと答えると、篠原はホッとしたように表情を緩めた。

 それから他愛もない話をして、いつの間にか時間は過ぎ、ついに紫遥が降りる駅に到着した。

「じゃあ、私ここで降りるので。お疲れ様でした」

 やっと篠原から離れられると思ったのもつかの間、篠原は荷物棚に置いてあったリュックを背負い、

「遅い時間だし、危ないから送っていくよ」

 と、紫遥と一緒に電車を降りた。