「この前先輩が来たあの部屋は、仕事部屋です。仕事に集中したい時や、気分転換したい時にたまに寝泊まりするくらいなんですよ。俺が住んでるのは、代官山にある戸建てで、元々は両親がたまに使う家だったんですけど、今は俺が譲り受けてます。部屋もたくさんありますし、トイレや浴室も複数個あるので、代官山の方に住んでもらってもいいんですけど、掃除が大変ですし、あの仕事部屋の方がちょうどいいかなと思って」

(代官山なんて地価の高い場所に、戸建て物件なんて存在するの?それに、両親がたまに使う家?つまり、親子揃って、住居が複数あるということ?そんな家族存在するの……!?)
 
 驚く紫遥をよそに、湊はまるで「誰でもそうだろ?」と言うかのような態度でこちらを見ていた。

 久我家が思っていた以上の資産家だと気付き、自分が悩んでいることがちっぽけなことに感じてならなかった。

 確かに実際に住むのが別の住居なら、問題ないのかもしれない。だが、自分たちは一夜を共にした仲なのだ。湊も、マネージャーの町田もそれを知っているはずなのに、なぜ湊のプライベート空間にわざわざ自分を置いておくのだろうか……。

「でも……」

 紫遥が躊躇いの色を見せると、湊はカバンからいくつかの書類を取り出し、紫遥に差し出した。