物心ついた時から紫遥はこのアパートしか帰る場所がなかった。

母親は昼間、部屋で寝ており、夜はクラブに働きに出ていたため、ほとんど遊んでもらえることはなく、一人ぼっちのことが多かったが、それでもこの部屋で待っていれば、母親に会えるということが、紫遥の唯一の糧になっていた。

 決して良い母親ではなかったし、大人になった今ではもう死んだものとして考えているが、幼い時の紫遥には母しかいなかった。眠気眼をこすりながら、朝方に帰ってきた母に、「おかえり」と言うのが、楽しみで仕方がなかったのだ。
 
 

しかし、紫遥が中学にあがると同時に母はほとんど家に帰らなくなった。どうやら馴染みの客と同棲をしていたらしく、数ヶ月に一度アパートに顔を出しては、「生きてんじゃん、偉いね」と言って、生活費を置いていった。

 そして、そんな生活が当たり前になっていた高校3年の夏、突然、母が「あんたの妹よ」と連れてきたのが、5歳の真夏だった。