紫遥は真夏が指差した先にある、赤い痣を急いで手で隠した。しかし、時すでに遅し、目の前のおませな中学生は、そんな紫遥の様子をニヤニヤしながら見ている。

「真夏、いつキスマークなんて言葉覚えたのよ……!」

「それくらいわかるよ。子供じゃあるまいし」

 あんたはまだ子供でしょ!と叫びそうになるのをこらえて、紫遥はこほんと咳払いをした。

「とりあえず朝ごはんの準備するから」

「いいよ。じゃあ、話はご飯の後ね」

「もう!」

 ケラケラと笑いながらキッチンの方に向かう真夏の後に続き、部屋の中に入ると、真夏がふと思い出したように振り返った。

「でもさー」

「うん?」

「お母さんと私のせいで、紫遥ちゃんはいろんなもの諦めてきたんだから、恋くらいしたっていいんだよ」

「……」

「ていうか、してくれないと私、嫌だよ」

 真夏は冗談っぽくそう言って、頬を膨らませた。


 
 紫遥はそんな真夏を見て、この子はいつの間にこんなに大人になったのだろうと、不思議に思った。

 初めてこのアパートで真夏に会った時は、この部屋の平穏を奪う相手なのだと憎み、恐れていたが、今となっては真夏が笑顔でいることが、紫遥が毎日穏やかでいられる理由となっている。