「湊くん、真夏をよろしくね」
「紫遥さん、妊娠してます」

 二人の声が重なった。
 しかし、紫遥の耳にははっきりと「妊娠」の二文字が聞こえた。

「え?妊娠……?」

「真夏ちゃんをよろしくってなんですか?」

「いや、あの……」

 湊の口から出た言葉が思っていた知らせとは異なり、紫遥は狼狽した。
 そんな紫遥をよそに、適応能力が高い真夏は、新しい命の誕生の知らせに歓喜していた。

「妊娠!?え?本当に!?」

「妊娠8週だって。倒れたから心配だったけど、お腹の子も何事もなく無事だったよ」
 
「すごい!私にも弟か妹ができるってことじゃん!一気に四人家族だよ、紫遥ちゃん!」

 二人の言葉を浴びても、紫遥はまだ信じられない出来事を頭の中で処理しきれずに、口をポカンと開けたままだった。

「紫遥さん?」
「紫遥ちゃん?」

 二人が両脇から紫遥の顔を覗き込む。
 
 四人家族。紫遥が蚊の鳴くような声で呟いた。
 そして、二人の顔を交互に見て、「本当?本当なんだよね?」と、これが現実なのかを何度も確かめ、夢じゃないことがわかるとお腹にそっと手を当てた。
 
 当たり前だがまだ何も感じない。お腹が膨らむのはもっと先だし、胎動を感じてお腹の中で自分の子供が懸命に生きていると実感するのもまだ先のことだ。
 それでも、紫遥はお腹を愛おしそうに撫でた。
 母になる。お腹をさすっていると、その実感がじわじわと押し寄せてきた。

 すると、ふと思いついたように真夏が尋ねた。

「今日って結婚記念日か、赤ちゃんができた記念日?どっちにするんですか?」

「どうしようかな。真夏ちゃんも加えて三人家族になった日でもあるからなあ」

 湊がふむと顎に手を当て考え込む。
 
 縁起が良いだけで何の思い入れもなかった数字が、今日、三人にとって特別なものとなったのだ。

 大嫌いだった家族。
 帰って来ないとわかっていながらも待ち続ける苦しい日々。
 いつ離れていくかわからない脆い関係性。
 失いたくないから、大事なものを作らない臆病さ。
 それらが全て明るい色に塗り替えられた記念の日。

 紫遥はゆっくりと身体を起こし、こぼれ落ちそうになる涙をこらえ、二人に向かって微笑んだ。

「家族記念日にしようよ。毎年みんなでお祝いしよう。今日、私たちは新しい家族になったんだから」






fin

ここまで読んでくださった読者の皆さん、ありがとうございました!