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「紫遥ちゃん!」

 紫遥が目を覚ますと、心配そうに自分を見下ろす真夏がいた。

「あれ、私……」

 徐々にクリアになる視界と、消毒液の匂いに、ここが病院の個室だということに気付く。

 部屋には夕日が差し込み、白いシーツが橙色に染まって温かい。
 自分はどうしてここにいるんだろうか、とまだぼーっとした頭で考える。
 婚姻届を出しに区役所に行って、それから湊とブラブラ散歩して……と紫遥は順に記憶を辿り、そして自分が倒れてしまったことに気がついた。

「貧血かな」

 紫遥が身体を起こそうとすると、真夏が「まだ寝てなよ」と慌ててベッドに押しやった。

「さっきまで湊さんもいたんだけど、お医者さんに呼ばれて出て行ったの。ねえ、本当に大丈夫なの?顔色悪いよ」

「大丈夫だよ。ちょっと気持ち悪いけど、寝てたらすぐ治ると思うし……」

 すると、ガラガラと扉が開いて、深刻な顔をした湊が部屋に入ってきた。

「あ、湊さん!紫遥ちゃん、今目を覚まして……ってどうしたんですか?」

 その湊の顔に、真夏の顔が途端に不安の色に染まる。
 湊は真夏に曖昧な返事をし、紫遥の枕元の椅子に腰掛けた。

「紫遥さん。よく聞いてくださいね」

 湊は紫遥の手を取って、そして両手で包み込むように握りしめた。

「え?なに?どうしたの?」

 不穏な空気に、思わず明るい口調で尋ねるも、湊の真剣な眼差しは揺らがなかった。
 その様子に、もしかして重い病気が見つかったのかもしれない、と紫遥は愕然とした。
 昔から身体が強い方ではないし、最近は疲れが溜まっていたのか夜中に何度も起きてしまうこともあった。だが、これから湊と真夏の三人での生活が始まる、明るい未来しか想像していなかった紫遥にとって、病気の発覚は寝耳に水だ。
 
 それと同時に、病気になっても仕方がない気もしていた。

昔から幸せは、限界まで積み上がっていくとガラガラと音を立てて崩れていくものだったじゃないか。湊と再会してから雪のように降り積もる幸せの数々に、息をしてここまで生き抜いてこれたことの方が奇跡なのだ。
 自分が死ぬ前に、真夏を久我家の養子として迎え入れられたことが不幸中の幸いかもしれない。

 紫遥は悟ったように目を伏せた。