紫遥はまだ湊の温もりが残る手のひらをじっと見つめた。
 なぜだろう。触れていた手が離れても、もう不安にはならない。
 
 慣れ親しんだ途端に離れていくのが怖くて、伸ばした手を振り払われてしまうのが嫌で、以前は人と距離を置いていたように思う。湊と出会った高校時代でさえそうだった。一度その温もりに触れてしまったら後戻りできない気がしていた。大切な人を失う恐怖に怯えていたのだ。
 だけど今では湊が離れていくことが想像できない。
 紫遥が触れた手を、彼は必ず握り返してくれるとわかっているから。
 
 そんなことを思いながら、紫遥は幸福感で胸がいっぱいになった。
 触れていない時も、触れていた時を思い出して、これから触れる未来を思って、身体が芯からポカポカと温まる。
 ああ、なんだか暑くなってきた。そう思って頭に手をやると、思った以上に熱い。
 そういえば、さっきから寒気もするし、胃の底からさっき飲んだジュースが込み上げてくるような感覚がする。
 
 どうしてだろう。どうしてこんなに世界がふわふわして見えるんだろう。

 そう思った瞬間、視界がぐらりと揺れた。

「紫遥さん……?」

 湊が後ろを振り返ると、紫遥は湿ったコンクリートの上に倒れていた。