「お金のことについてはこちらからご連絡しますので。今日はお帰りください」

 最初は不満げだった香織も、確実に金が手に入るとわかったあとは、湊が呼んだタクシーに乗り込んで去って行った。



 
「俺たちも帰りましょうか。真夏ちゃんが待ってます」

 香織が去った後も、紫遥は湊の差し出す手を取れずにいた。

「もし真夏がお母さんに会いたいって言ったら……」

 真夏の気持ちを無視して、香織を遠ざけることはできない。近付くなと言っておいて、真夏に会ってくれと懇願するのも気が引けた。

「俺、真夏ちゃんに聞いてみたことあるんですよ」

「え?」

「今でもお母さんに会いたいと思うかって。そしたら……」

『私は会いたいと思わないけど、紫遥ちゃんはずっとお母さんの帰りを待ってるから会わせてあげたい。けど、お母さんが帰ってきて、紫遥ちゃんと一緒に住めなくなったら嫌だな』

「って。やっぱ姉妹ですね」

「……」

 真夏がそんなことを思っていたなんて知らなかった。湊の声で聞く、真夏の言葉に胸が打たれた。
 ドアの向こうにいる母の姿を求めていたのは、真夏ではなく自分自身だった。
 そんなことも、真夏に見透かされていたなんて。
 
 湊が紫遥の頬にそっと手を伸ばした。
 不思議に思って見上げると、湊は悲しそうに微笑んでいた。

「泣いてもいいんですよ」

 そこで初めて、紫遥は自分が泣きたかったのだと気付いた。はらはらと流れる涙に、やっと自分は母親から解放されたのだと思った。

 


 タクシーに乗り込む前に、アパートの方を振り返る。
 ここで母の帰りをじっと待っていた日々から、自分を待つ真夏を思って帰りを急ぐ日々に、いつの間にやら変わっていた。

 真夏はとっくの間に香織を待つのをやめていた。そして、紫遥は必ず帰ってくると信じて、毎日この狭いアパートで待っていてくれた。
 きっと今もそうだろう。
 
 急いで帰らなければ。
 紫遥は湊にエスコートされ、タクシーに乗り込んだ。