「真夏は私たちと一緒に住むから」

 やっとの思いで、紫遥は声を発した。震える声を母親に悟られないよう、必死だった。

「じゃあ、私が一人加わったって問題ないじゃない。それか、近くにマンションでも借りてくれれば……」

「やめて」

「何が?」

「突然やってきて、勝手なことばっか言わないでって言ってるの!」

 思わず出た自分の大声に、鳥肌がたった。これ以上湊に醜態を晒すわけにはいかない。そんな焦りから出た声だった。
 
 睨みつける紫遥を見て、香織は鼻で笑った。

「あら。お金持ちと婚約して自分まで偉くなったつもり?紫遥、忘れないで。あんたを産んであげたのは私なのよ?お母さんに今までの恩を返そうとは思わないわけ?」

「母親?あなたがいつ、母親らしいことしてくれた?」

 香織が反論の声をあげる前に、紫遥は思い切り捲し立てた。

「私はいつも一人だった。家に帰ってお母さんにただいまって言われた記憶なんて一度もない。学校どうだった?楽しかった?友達と今日はどんなことしたの?テストでいい点取れた?そんな親子なら当たり前の会話もなかった。お母さんは私に興味なんてなかったじゃない。それどころか……産まなきゃよかったって。子供なんて産まなきゃもっといい人生だったってずっと言い聞かせられてきたんだよ!?それなのに恩を返せ?ふざけないで……ふざけないでよ!」

 確かに自分を産んで育ててくれたことには感謝している。記憶はないが、自分が一人では何も出来ない赤子の時は、確かに香織は母親としての務めを全うしたのだろう。だからこそ、はっきりと拒絶することはできない。そんな自分も嫌だった。