話を終え、二人が部屋から出てふと一階に視線を落とすと、花柄のワンピースを着た女性の後ろ姿が見えた。
 綺麗に整えられた茶髪に、左手に持った高級ブランドバッグを見ると、ここ一帯の住宅地に住んでいる人間とは思えない。
 その浮いた存在に怪しみながらも二人が階段を降りていくと、女性が振り返った。

 「紫遥?」

 紫遥の顔を見るなり、女性の顔にはぱあっと希望の色が広がった。
 自分の名前を呼ばれ、思わず怪訝な顔をしてしまう。
 「どなたですか」と尋ねようとした次の瞬間、紫遥はハッと息を呑んだ。

 「紫遥よね?久しぶり。手紙は読んでくれた?」

 外見はあの頃と随分違うが、目の前に立っているのは、間違いなく自分の母親だった。
 
 階段のすぐそばで立ち止まったままの紫遥に、香織は駆け寄り笑顔を向けた。

 「なかなか連絡くれないから、来ちゃった。何よその顔、驚いた?」

 「……驚くにきまってるじゃない」

 最後に会ったのは何年も前のことで、突然姿を消したというのに、目の前の母親はすべてなかったことかのように振る舞っていた。

 「あ、湊さんよね?はじめまして〜紫遥の母ですう。娘がいつもお世話になってます」

 紫遥の後ろで固い表情を浮かべている湊に、香織は猫撫でで声をかけた。

 「はじめまして、久我湊です。ご挨拶に伺えずに申し訳ありませんでした」
 
 「そんなの気にしないで!それよりこの子と結婚なんて大丈夫?不器用だから湊さんに迷惑かけてないかしら?」

 「いえ、紫遥さんにはいつも助けられています」

 「もうそんな気を遣わないで!困ったことがあったらなんでも言ってね。もう家族なんだから」
 
 図々しくて吐き気がした。困ってることがあるのは自分の方ではないか。
 ペラペラと喋り続ける母親の口を今すぐに押さえ、追い返したかったが、身体が動かない。
 沸々と湧き上がる怒りの感情を押さえ込もうと、紫遥は唇を噛んで必死に耐えた。湊の前で取り乱したくなかったのだ。