「ううん、まだ……。ちょっとタイミングが悪くて」

 そうですか、と湊は口元に手をやったあと、紫遥の顔色を伺うように口を開いた。

「……別に無理して言わなくてもいいんじゃないですか?」

 湊の言葉に、紫遥は訝しげに顔を上げる。

「紫遥さんは真夏ちゃんのことが心配だから、母親に会わせたくないんですよね?だったら、今は隠したままでもいいと思いますけど。俺たちがちゃんと籍をいれて、真夏ちゃんを養子にしてからでも遅くない。それなら、もし万が一母親が親権を主張してきても、真夏ちゃんを奪われる心配はないじゃないですか」

「それは、そうだけど……」

 紫遥はしばらくの間逡巡したあと、悪い考えをかき消すように頭を横に振った。

「ううん、やっぱりダメ。自分勝手な理由で、真夏に隠し事はできない。それにあの子にも、知っておく権利があることだから。養子になることも、お母さんに会った上で、本当にそれでいいのか判断してもらいたい」

 そう断言すると、湊は諦めたようにため息をつき、「わかりました」と言った。
 
 「じゃあ、真夏ちゃんにはやく伝えなきゃいけないですね。一人で大丈夫ですか?もし必要なら俺も……」

 「大丈夫。今日、真夏と二人でちゃんと話すから」

 湊の言葉はありがたかったが、こんなことまで湊に頼るわけにはいかない。
 真夏と向き合う覚悟はもうできていた。