「だから、俺にとって紫遥さんは他の女性とは全然違う。唯一俺が、俺のままで話せる人なんだよ」

 湊の話を黙って聞いていた町田は、紫遥と一緒にいる時の湊を思い出した。
 テレビの前で見せる完璧な笑顔や、町田に向ける得意げな微笑みともまた違う、自然で穏やかな笑顔を見せるのは、確かに紫遥の前だけなように思う。

「紫遥さんが特別な存在ということはわかりました。結婚のことも、決めるのは湊さんですし、私はこれ以上口出ししません。ですが、籍を入れたことを世間に報告するのはもう少し後の方がいいと思います。わかっていると思いますが、俳優のMINATOに求められているのは、若い女性の擬似恋愛対象になることです。だから今後も恋愛ドラマの主役をとるためには……」
 
 町田がくどくどと湊に苦言を呈している間に時間は過ぎ、あっという間に本番5分前になった。

 案内係のスタッフに名前を呼ばれ、湊は飲んでいた水を町田に渡し、スタジオに向かう。
 
 スイーツ特集のコーナーに参加した後、湊には番宣のための1分間が与えられていた。生放送での番宣は慣れたもので、ドラマ紹介のセリフを1分ぴったりに合わせることも、少し時間を余らせることも湊にとっては簡単なことだった。

 スタジオ入りし、テレビカメラが湊を捉えるとあっという間に俳優のMINATOの顔になっていた。
 話題のスイーツの感想を求められ、美味しそうに頬張り、笑顔を向けると、観客の若い女性たちが沸き立った。

 そして、湊の出番も残りわずかとなり、女性アナウンサーが「それでは、MINATOさんからお知らせです」と言うと、湊は目の前のカメラに向かってとびっきりの笑顔を向けた。

 ドラマの魅力を早口で語る。色々な番組で何度も話した内容だ。つっかえることなく最後まで言い切った。

 そして残されたのは15秒。カンペを持ったスタッフが、思った以上に早く終わった番宣に違和感を感じた瞬間、湊の口からは世間をあっと驚かせる言葉が飛び出ていた。

「そしてもう1つ、皆さんに大事なお知らせがあります。突然の報告で申し訳ないのですが、わたくしMINATOこと久我湊は、この度結婚することになりました!これからも変わらず精進しますので、みなさん応援よろしくお願いします!」

 湊の突然の報告に、不安げな顔をする出演者、顔を見合わせるスタッフたち、アナウンサーは笑顔を保ち続けていたものの、引き攣った口元からは動揺を隠せずにいた。

 カメラの後ろでは町田がポカンと口を大きく開けているのが見えたが、湊は一人満足げに微笑んでいた。