もうあの時の自分とは違う。親のおかげで手に入れた家柄と整った顔、英才教育によって自然と得られた学歴で、目の前にいるこの女性を手に入れられると思っていた、学生時代の自分とはもう違う。

 大学受験をやめて俳優を目指し、親の反対を振り切って家から出た。今では毎期の連ドラへの出演依頼が耐えないくらいの知名度と実力をつけた。学生の時は大きく思えた二歳差も、大人となった今ではそこまでの差は感じないはずだ。

 どれだけ魅力的な女性を前にしても、もう理性を失い、獣のように襲いかかることは絶対にない。



「ごめんなさい、私……」
 
 紫遥が少し顔をあげた瞬間、湊は口付けをした。

 最初は少し抵抗するかのように胸板を押されたが、しばらくすると、そのわずかな抵抗もなくなった。

 強く抵抗されたらすぐに止めるつもりだったが、紫遥は案外すんなりと自分を受け入れた。

 そして、湊が紫遥をベッドに押し倒し、自分を見つめる潤んだ瞳を見た時、「これは復讐なのだ」と心の中で唱えた。
 
 
自分のことを好きなわけでもないのに、妖艶な笑みを浮かべ誘惑し、手の内に入った途端、「つまらないわ」と軽々しく捨ててしまう。

 そんな美しく、恐ろしい毒花のような女の罠にかかってしまった哀れな自分に、神様も同情してこんな機会を与えてくれたんじゃないだろうか。

 そうでなければ、この女がこうやって大人しく自分に抱かれるはずがない。
 そうでなければ、またこの女から発せられる言葉に、自分が怯えるはずがなかった。