「ありがとう。けど、大丈夫。母親に認めてもらうには、自分の力で仕事見つけないと」

 その言葉の意味を探るように湊が首を傾げると、紫遥は目を細めて母親について語り始めた。

「うちのお母さんね、今は水商売してるけど元々デザイナー志望だったの。けど、その道に進むのは厳しかったらしくて、フリーターになってバイト先を点々として、最終的に行き着いたのは水商売。だから、私が美大に行きたいって話したら鼻で笑われた。美大なんていってもなんにもならないのにバカね、って。だから、美大を卒業して自分の力で好きな仕事見つけて、自立するのが今の人生の目標なの」

「人生の目標……」

「あ。今、人生の目標小さ!って思ったでしょ」

 冗談っぽく人差し指を立てる紫遥に、湊は激しく首を横に振った。

「いや、思ってないですよ!むしろ……」

 紫遥がそんなことを考えているとは知らず、親から譲り受けたもので紫遥を助けようなどと思っていた自分が、とんでもなくちっぽけな存在に思えた。

「ただ、俺は先輩と違って目標とかやりたいこととかなくって、ただ流されるまま生きてるので……尊敬します」

「尊敬なんて大袈裟な。久我君だって、いつか夢とかやりたいこととか、見つかるよ。どんな仕事に就きたいとか将来のこと考えたりしないの?」

「俺の将来は決まりきってるので。大学卒業したら父さんの会社に入社して、ゆくゆくは子会社の1つを継いで……」

「他の選択肢はないの?お父さんの会社を継がずに他の仕事とか」

「それは……考えたことなかったですね。というか、他の道に進んだら、久我家の御曹司っていう俺のアイデンティティなくなってモテなくなるじゃないですか」

 へらへらとふざけながら答えたが、出てきた言葉は完全に本心からの自虐だった。
 自分に多くの人が寄ってくるのは、久我家という大きな存在のおかげだと湊はわかっている。
 多少校則をやぶっても見て見ぬふりしてくれる教師たち。常に機嫌を伺い、隙あらば気に入られようとする同級生たち。ろくに話したこともないのに、女の顔丸出しで近づいてくる女子たち。
 久我家の人間という立場を失ってしまったあとも、彼らが自分の味方でいてくれるとは到底思えなかった。