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 あの日も、いつものように放課後の美術室で他愛もない話をしながら、二人は日が暮れるのを待っていた。
 その時の湊はとっくの間に紫遥を好きになっていて、自分の好きを貫き通す、彼女の凛とした姿に憧れてもいた。
 
「久我君、今日も塾サボるの?もうすぐ期末テストでしょ?」

 紫遥が赤く染まった筆を、水でゆすぎながら思い出したように尋ねた。

「先輩だって期末テストあるのに、塾も行かずに美術室にこもりきりじゃないですか」

「私は塾に行きたくても行けないだけ。けど、久我君は違うでしょ」

「先輩は知らないだろうけど、俺結構頭いいんですよ。ちょっとくらいサボったって成績下がりません」

 そんなこと自慢にならないよ、と紫遥は呆れたように笑った。
 
「先輩は、美大卒業したらどうするんですか?」

「どうするって?」

「就職ですよ。美大って入るのは難しいくせに、就職先には困るって言うじゃないですか。やりたい仕事とかあるんですか?」

 そう聞くと、うーんと紫遥は低く唸った。
 もし紫遥が卒業後の進路に困ることがあったとしたら、湊は自分が父親から受け継ぐであろう久我カンパニーの子会社に、紫遥を誘うつもりだった。
 大学卒業後すぐに代表を引き継げるとは思っていないが、それでも久我家の三男としてそれ相応の権限を持つことができるはずだ。高校の先輩を一人コネで入社させることなど容易い。

 「もし、就職に困ることがあったら連絡してくださいよ。デザイン系の仕事とか、会社紹介できるので……」

 しかし、紫遥はあっけらかんとした声で答えた。