真夏には、着替えてくるね、と言って紫遥は二階の部屋に行き、おそるおそる手紙の封を切った。便箋を持つ手が震える。
 わざわざ手紙を送るということは、母の「会いたい」という言葉は本気だったのだろうか。
 紫遥は二つ折りの便箋を開き、「紫遥へ」という文字からゆっくりと目を滑らせた。


 紫遥へ

 今まで会いに行けなくてごめんね。二人でずっと大変だったでしょう。
 けど、私もあの時辛かったのよ。もう女として求められず、誰からも愛されず、二人の子供を一人で育てていく自信がなかったの。
 あれから運良くお金持ちと再婚できて、そろそろあなたたちを迎えにいけると思ってたんだけど、この前久我さんが会いにいらっしゃったせいで夫にあなたたちのことや私の過去が知られちゃったの。詐欺だ、離婚だ、なんだの騒がれて、今はホテルで生活してる。カードも止められたし、こんな生活もうこれ以上続けられない。
 今ならわかる。再婚した他人よりも、私が産んだ子供たちのことを一番に信用しなきゃって。
 紫遥、今久我家の息子といい関係なんでしょう?同居してるそうじゃない。よかったら、お母さんもそっちで一緒に住むことはできない?
 今の私にはあなたしか頼りになる人がいないの。電話番号とメールアドレスを書いておくから、連絡して。できるだけすぐにね。

 あなたの愛するママより。


「何よ、それ……」

 自己本位な手紙の内容に思わず目を疑ったが、元々あの人はそういう人だった。紫遥は怒りで叫び声をあげたい気持ちをどうにかこらえ、力任せに便箋をビリビリと破りゴミ箱の奥底に押し込んだ。
 
 この人に真夏を会わせてはいけない。真夏がどれだけ母親に会いたがっていたとしても、この人は母親に戻る資格はない。
 紫遥は香織の連絡先が書かれた紙をポケットから取り出し、それも細かく破いてゴミ箱に捨てた。