「なぜ母のことを……」

「あなたのことを調べた時に、お母様の居場所も知ったのよ。ご本人はあなたたち姉妹に会いたがっていたけど、どうかしら」

「母が……」

 紫遥は突然のことに言葉を詰まらせた。

 母はずいぶん前に自分たちを捨てたのだ。会いたがっていた、と言われても現実味がなかった。
 それに、本当に会いたがっているのならいつでも会いにこれたはず。母が出て行ったあの日から、自分たちはずっと同じ場所で母を待ち続けていたのだから。

「紫遥さんの母親に会って、何話したんだよ」

「ご挨拶に伺っただけよ。うちの湊がお世話になってるんだから、一度顔を合わせておかないと」

「それだけじゃないだろ!……まさか金払って俺たちのこと別れさせようとしたんじゃないだろうな!」

「湊、大声で喚き散らすのはやめなさい。みっともない」

「母さん!」

「心配しなくても、紫遥さんのお母様はお金は受け取らなかったわ」

 まったく悪びれた様子もなく答える母親に、湊は怒りを抑えるかのように長く重い息を吐いた。

「そういう問題じゃないだろ!紫遥さんの母親にまで会うなんて……!」

 その時、紫遥の芯のある声が二人の会話を遮った。
 
「母は……母はなぜ、お金を受け取らなかったんですか?」

 母親はいつも金に困っていた。付き合う相手が悪いから、いくら働いて貯金しても、男の借金を代わりに肩代わりするか、無理やり有り金を全て奪われていた。
 
 だからこそ、金を受け取らなかったことが意外だったのだ。久我家が提示した額であれば、相当のものだろう。娘を久我湊と別れさせるだけでそんな大金がもらえるのであれば、あの母親が断るわけがない。

 それとも、自分が捨てた娘に対して後ろめたさでも感じたのだろうか。
 紫遥はほんの少しの期待を抱き、聡子の言葉を待った。

 すると、聡子はほんの少し間を置いて、答えた。
 
「あなたのお母様、今は中小企業を営む経営者と再婚していらっしゃって、お金には困っていないそうよ」

「え……?」

「だからお金は受け取っていただけなかったわ。けど、あなたたちには会いたいと言っていたのは本当よ」