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 実家とはいえ、一度も足を踏み入れたことのない客間は、まるで他人の家のように感じる。
 湊は、顔色一つ変えず立っている紫遥の隣で、いまだにこの状況に困惑していた。

 つい一時間前、代官山の自宅に一時帰宅した湊は紫遥が帰っていないことに気がついた。真夏に聞いても遅くなるとしか聞いていないという。なんとなく嫌な予感がして、町田を問い詰めると、罪悪感があったのかすんなり紫遥の居場所を吐いた。
 それから急いで実家に向かい、自分の母親に屈辱的な言葉の数々を投げかけられ、傷ついているであろう紫遥を助けようと思っていたのだが、和室で向かい合う二人の様子は異様なものだった。
 
 うまく言葉にはできないが、常に人の上に立ってきた母が紫遥の前で動揺しているようにも見えたのだ。
 そして、てっきりすぐ追い出されるかと思ったら、自分と紫遥に泊まっていけと言う母親。
 一体自分がいない間に何があったのか、気になってしょうがなかった。

「あの……母さんと一体何を話したんですか?あの人が俺と紫遥さんに泊まっていけって言うなんて、信じられなくて……」

 もしかすると、自分が部屋に入った時は、まだ別れろという話をする前だったのかもしれない。それならば先に紫遥には、あの母親が昔から自分に対して過保護すぎること、成人の身であるから母親がなんと言おうと別れるつもりではないことを話しておきたかった。
 
 しかし、そんな湊の淡い期待は紫遥の言葉で打ち砕かれた。

「湊くんと別れてほしいって言われちゃった」

「……」

 やっぱりか、と項垂れた後、湊は母親に対する憎しみが沸々と湧くのを感じた。学生時代ならまだしも、今の自分は成人し、自立した大人だ。あの人はまだ自分のことを子供だと思っているのだろうか、と嫌気がさす。
 高校時代、自分の交友関係を裏で調べ、勝手に紫遥と連絡を取れないようにしていたことも不快だったが、今回の件に関してはさらに湊の気分を害した。
 
 しかし、母に釘を刺された張本人である紫遥は気にしていないようだった。

「湊くんのお母様って、すごく優しい人だね」