「湊くん……」

 湊は正座して頭を下げていたであろう紫遥を見て、頭に血が上るのを感じた。

「紫遥さん、この人の言うことは気にしないでください」
 
 どうせこの異常なまでに過保護な母親は、「湊に近づくな」「別れろ」などと言ったに違いない。人を傷つけるようなことを、悪びれもなく言うような女だ。
 湊は、澄まし顔で座ったままの母親に向かって声を荒げた。

「母さん、俺のことは放っておいてください!自分の相手は自分で決めます。母さんに口出しされることじゃない!」

 聡子はチラリと湊を見たが、湊の言葉が聞こえなかったかのように真っ直ぐ前を見据えた。
 そんな母親の姿に苛立ちながら、湊は座っている紫遥の腕を掴み、立ち上がらせた。

「紫遥さん、行きましょう」

「え?けど……」

「大丈夫です。こんな自分勝手な母親の言うことなんて聞く必要が……」

「待ちなさい」

 聡子の凛とした声が部屋に響いた。反抗心はあるというのに、厳しい母親の声に、湊は反射的に足を止める。

 すると、聡子は目の前のぬるくなった緑茶を一口だけ口に含んだ後、湊と紫遥に向かって言った。

「今日はもう遅いわ。二人とも客間に泊まっていきなさい」

 湊の険しい顔に、困惑の色が広がった。